地球へ帰還したその日の夜は必ず帰還祝いのパーティーをやる事になっていた。
 それでも半年毎には地球に帰還しているので、半年毎に盛大なパーティーが行われている事になる。
 広い基地に立食形式に料理が並べられ、渡航の疲れと削り取られた心力を回復するというのがパーティーの名目だったが、クルー全員がそんなものはただの飾りだという事を知っている。
 確かに料理はいつも食堂班が出しているものよりもっと豪華だし、ジュースだって色んなものが飲み放題。基地にはパーティーに相応しいように絢爛な飾りがされていて、そこいらのフランスレストランに引けを取らない装いだ。
 そんな場所での豪華な料理ももちろん目当ての内に入っているが、それよりももっと、もっと目を引く大事なイベントがこのパーティーにはあった。
「あー、あー。テス、テス!」
 料理の並べられたテーブルにそれぞれ思うジュースの入ったグラスを持ち、クルー達が恒例のイベントである帰還祝いのパーティーを楽しんでいる最中、ついにアヤキが壇上に上がり、マイクにスイッチを入れた。
 その瞬間を待っていましたとばかりにクルーの視線が壇上にいるアヤキに集中する。
 ほとんど何も言っていないのにシンと静まり返る皆を見て、アヤキはクスッと笑ってから大きく息を吸い込んだ。
「皆わかってるようだな! んじゃ始めるぞーっ! 恒例のボーナスゲーム大会だあぁぁっ!」
 腕を振り上げるアヤキに連動するようにクルーのほとんどが雄叫びを上げて同じ様に腕を振り上げる。
『待ってましたーっ、アヤキ艦長!』
 そう、これこそが皆が待ち望んでいた帰還パーティーの一大イベント。
 シルフの艦長でありプロデューサーでもあるアヤキからの特別ボーナスを賭けたゲーム大会である。クルーであれば参加権があり、今までのゲーム大会でその勝負の過酷さと、その先にある甘い蜜の味を全員知っていた。
「前回は健全なビンゴゲームだったけどマスの数が半端じゃなかったからなぁ。ビンゴが出るまで三十分ぐらいかかったっけ」
 約半年ほど前にも行った前回のボーナスゲーム大会を思い出してレンが乾いた笑みを漏らす。
「その前は確か全員武器装備のサバイバルゲームだったっけ? 結局最後はレンとアヤキの一騎打ちになったんだよな」
 ハヤトもつられて昔やったゲームの事を思い出す。
 その時のサバイバルゲームはほとんど武器が銃……と言っても中身は塗料が入っているだけの玩具の銃だが、アヤキが何かしらの改良を加えていたらしく、その破壊力は本物と変わらないんじゃないか? と思うほどの物だった。
 そんな武器を使うゲームだった為、あまり射撃系の武器が得意では無いハヤトは三人の内でも一番早く脱落してしまっていた。
 とにかく、アヤキが主催で行われるこのゲームはアヤキ一人が用意を行い、今こうやって発表されるまではハヤトもレンもその内容を知らない。だからそれぞれが得意な種目である時もあるし、逆に不得意なものだったり、全く技術も何も関係ないものだったりする。
 しかしアヤキが行うゲームは特別ボーナスがかかっている為か、いつもすごい白熱戦が繰り広げられ、全員一丸となってこのゲームに参加し、楽しむのだ。
「全く、いつもいつもご苦労な事だよね。……今に血管が切れるんじゃない?」
 レンの隣に立っていた少年がオレンジジュースの入ったグラスを口元へ当てながらポツリ、と零す。
 ハヤトとレンがその声の主の方へ視線を下げる。向けなかったとしてもこの声と、皮肉に満ちた口調はよく知っている。
 ブロンドの髪に青く冴え渡った海の色のような瞳、極上のパーツを持っているのにも関わらず、少年の顔は実につまらなさそうで、寝起きで呆けている時の表情にも見える。
「お前がパーティーに出てるなんて珍しいじゃないかエリック。馬鹿騒ぎするパーティーなんて五月蝿くてかなわないよ、ハッ、僕は失礼するよ……って言ってたお前が」
 ハヤトがブロンドの髪の少年、エリックのものまねをしながら言うとエリックは少し眉間に皺を寄せてグラスの中身をチビりと飲んだ。
「シルフに居たのに追い出されたんだよ、アヤキさんにね。今日のゲームでシルフを使うんだって」
 堪らないよ、という風に溜息をつくエリックだが、レンは不思議そうにそんなエリックを見る。
「お前……前から思ってたけど、アヤキの言う事だけはやけに素直に聞くよな」
「…………別に」
 こんな皮肉屋な性格のエリックが簡単に人の言う事を聞くような人間でない事はシルフの誰もが知っている。
 シルフの中でも最年少である彼は只今十四歳。
 アヤキ曰く「反抗期ってやつだよ」という事らしいが、アヤキ以外はあれがエリックの元々の性格であろう事もわかっていた。
 最年少でありながら彼がシルフで任されているのは医療とクルーの健康管理。彼はシルフ唯一の医師なのだ。
 だから彼は成長期前の低い身長にも関わらず白衣を着て、パーティーに嫌々参加していた。その白衣もアヤキが改良を加えたもので、後ろの部分に大きくスリットが入っている為、普通に見れば白衣というより白い燕尾服のように見える。
 だがエリックはそれを嫌がる事無く着ていて、文句も一言も言った事は無い。
 そういうアヤキだけには心を許しているエリックの態度が、前々からレンは気になっていた。
「お前もしかして……」
「何?」
「シスコンか?」
 レンの言葉にグワッと音を立ててエリックの眉間の皺が深くなる。
 そしてエリックは平然とした顔をしながら口元だけ小さく笑って、おもむろに白衣のポケットから注射器を取り出した。
「シスターコンプレックスなんて僕がなるわけないでしょ。あれは本当に姉か妹が居る人が大半なるものであって、姉も妹もいない僕がシスターコンプレックスになる可能性は極めて低い。むしろ無い! もっと言葉を選んだ方がいいんじゃない? 今ここで新薬の実験を始めたっていいんだよ……レン班長?」
 注射器の中の溶液は一体何を混ぜたのか、緑と紫のマーブル模様になっている。
 レンは瞬時に思った――――こいつはいつもよりヤバイ! と。
 シルフ医療班は班長エリックと諸々の都合によりエリック一人だけになっている。
 シルフクルーの中で密かに噂されるエリックの別名はマッドドクター狂医者、彼の趣味はシルフクルー(特に整備班の男達)で新薬の実験をする事であった。
 ジリジリと近づいてくるエリックにレンが数歩後ずさるが、その前にアヤキがマイクに向かって声を張り上げる。
「よし、これからゲームの説明だ! 皆よく聞けよー、ルールを守らないとオレ直々に罰ゲームを与えるからな!」
 アヤキの大声にエリックは一度小さく溜息をついて注射器をポケットに戻した。
「何だ、エリック。お前ゲームに参加するのか?」
「内容によってはね。アヤキさんがちょっとは参加しろって言うから」
 そう言ってエリックは静かにアヤキの方へと視線を向け、アヤキの説明を聞く体制に入る。
 そんなエリックを見て、レンとハヤトはやっぱりシスコンか? と頭に疑問符を浮かばせた。
「今回のゲームはずばり! 宝探しだあぁぁぁっ!」
 一際大きくアヤキが叫び、手元にあった紐を思い切り引っ張る。
 すると後ろにあった大きな看板の布がはずれ、看板に書かれた『シルフ争奪宝探しゲーム大会!』という太筆書きの文字が現れる。
「宝……探し、大会ぃ?」
 ハヤトが空にイカが飛んでいるのを見たような顔と声で言い、レンも腕を組んで看板とアヤキを見る。
「今シルフの中には至る所にこの黒い封筒が置いてあったり、入れてあったり、隠されたりしてる。そしてこの封筒の中には“アタリ”って書いてある紙が入ってるんだ。それをオレの所へ持って来た人にはオレからの特別ボーナスをプレゼントする!」
 そう言ってアヤキは高々と黒い封筒を皆に見えるように掲げた。
 なぜか色んな所から「おおー」という声が漏れる。
「だけど注意! この封筒を見つけても中身を確認しちゃダメだ。開けずにオレの所へ持って来る事! ちなみに封筒はホッチキスで留めてあるから外したらすぐわかるからな! もし中身を見てそれでアタリを見つけたって言ってもそれは無効にする。それから封筒を見つけて持ってくる数に制限は無いから」
 アヤキの言葉を聞くクルー達はそれぞれルールを反復したり、簡易的にメモに書いたりして早くも勝負に優劣をつけようとそれぞれ尽力している。
 そんな中、エリックは涼しげな顔をしてオレンジジュースを飲む。
「どんな事をするのかと思ったら宝探しだなんて……ルールも平凡だし……」
「はぁ? 平凡だと?」
 エリックの言葉を聞き捨てならないとハヤトが声を上げ、それにレンも続く。
「解ってねぇな、エリック。こいつはとんでもない罠が仕掛けてあるに違いない。何てったってあのアヤキだぞ? それにまだルール説明は終わってない」
 ゴクリと唾を飲み込むレンとハヤトの姿を見てエリックは静かに思っていた。
 どうしてこのシルフにいるクルーはこういう人間が多いんだろう、と。
「制限は無い……けど皆もう解ってるよな。この封筒には“アタリ”は確かに入ってる。それはオレが保証する。だけど、“アタリ”があるって事はもちろん――“ハズレ”があるって事だ」
 ニヤリ、とそこはかとなく邪悪な笑みを浮かべてアヤキが黒い封筒をヒラヒラと動かす。
 その時クルーの全員は同じものを見ていた。
 ――アヤキの背中には確かに悪魔の羽根のようなものが、そしてアヤキの口からは白い煙が音と共に吐き出される様を!
「そうハズレって、意味わかるよな? ただハズレって書いてあるわけじゃないぞ。内容は……持って来た人の運次第だな」
 それで説明は終わりだったらしく、アヤキはいつもの姿に戻ってニッコリと笑みを作った。
 自分達が見ていたのは夢か幻か、それともアヤキの心が映し出した生々しい錯覚なのか、クルー達は自分の頭を整理しながら額に浮き出た汗を拭く。
「よぉーし、それじゃスタートするぞー! 宝探し大会、スタァートォ!」
 アヤキの振り上げた腕がスタートの紐を切るように振り下ろされ、クルー達はシルフに向かって走り出した。
 例えあのアヤキがどんなハズレを用意していたとしても、特別ボーナスの前には虎穴に入らなければならない、というのがクルー達の心情だ。
 それに正直言えば、そんなスリルも楽しむぐらいの覚悟がなければシルフのクルーなんてやっていられない。
「やっぱり何か企んでたな」
「ハズレが何が書いてあるかわからないっていうのは、どういう事?」
 苦笑するレンの横でエリックがオレンジジュースを飲み終えたグラスをテーブルに乗せる。
「お前も持っていきゃわかる。アタリだったら儲けだし、ハズレだったら南無三だ。どうせここにはアヤキしか残らないだろうし、お前もやってみたらどうだ? お前が追い出されたって事はアヤキの奴、医務室にも何枚か封筒を隠したって事だろ」
「そうだね……あそこは僕の部屋だから何か動かしてたりしたらすぐ判るし。ちょっと見てくるかな」
 そう言って歩き出したエリックの後ろをついて行くようにレンも歩き始め、横に居たハヤトに顔を向ける。
「行くぞハヤト……あ? ハヤト?」
 顔を向けた先にさっきまで居たはずのハヤトが居ない事に気付いたレンは驚いて周りを見回すが、どこにもハヤトの姿は無い。
「あ、馬鹿ハヤトならあそこにいるよ」
 エリックが指差す方向に確かにハヤトは居た。誰よりも早くシルフへと乗り込んでいくハヤトの姿が。
「宝探しってよく考えれば体力勝負になるんじゃねぇか?」
「そう? 馬鹿ハヤトじゃアヤキさんが巧妙に隠した封筒を見つけるなんて出来ないと思うけど」
 ゆっくりとシルフへ入って行く二人を不適な笑みをしたアヤキは見送った。
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