地球軍、月軍、そして火星軍。完全制圧したこの三星に軍は配置され、まとめて宇宙軍と呼ぶ事になっていたが、大体はそれぞれの星の名称に軍をつけて呼称される。
 一人の人間に全ての軍を統括するのは無理であると判断され、それぞれの軍がそれぞれ惑星を統括するようになっているからである。
 しかし統括を分けてしまったという事はあまり効率がいいものではなく、他の軍の領域に入る場合や援軍を求める時などには、それはもうめんどくさいぐらいの申請をしなければならない。
 他に頼ってめんどくさい申請をやりこなすぐらいなら自分の軍で何とかする。そんな意識が芽生えるのは早く、軍の中には格差が生まれ始めてしまっっていた。
 平たく伸ばして言うなら、三軍の仲はあまり良くないのである。
 宇宙を制圧出来る時代、外宇宙からの侵略者や宇宙人が登場するという事も無く、至って平和な今の時代に軍はやる事が無いと言うのが現状。宇宙を開拓して土地は有り余るほどあるので、地球内でも国による争いが無い。
 争いが無いのならどうして軍が必要になるのか――その質問には用心の為、とだけ言っておこう。もしかしたら人間の脅威となるものが現れるかもしれない、そんな時の為に軍は必要なのだ。
 しかしいつまでも警察の仕事の延長線上にいる軍は煮詰まり、そのグチをこぼす相手としては同じ軍であるが同じでない他星の軍ぐらいしかないのである。
 そのせいか恒例で行われる三星軍の親睦スポーツ大会では血を見るような激しい戦いが見られるともっぱら評判だった。


 三星軍特別首脳会議。
 それぞれの軍のトップである総司令官達がイリュージョンモニター越しに話し合いをするという特別会議である。
 仲の悪い三軍はどこか一箇所の場所に集まるという事をしない。その集まるべき場所をどの惑星にするかでいつももめるからだ。
 その為、それぞれの惑星で外からの受信を不可能にした特別回線で話をする事になっている。
「次の議題なんだが、部下が何とかして欲しいと嘆いていてね――――あの戦艦、シルフを」
 眼鏡を掛けた面長の男が眼鏡を光らせながら他の星の二人に顔を向ける。
 月軍の総司令官である男であり、蛇のような男と他の星の二人は認識している。
「シルフ……あの遊楽戦艦か」
 溜息をついたのは火星軍の総司令官。
 色黒で体格がいいが、その外見通り体育会系。他の星の二人はゴリラと認識している。
「確かにあの船には色々やらかされていますが、何度か助けてもらったのも事実ですからねぇ」
 まだ若い地球軍の総司令官は眼を細めて笑みを浮かべる。
 三人の総司令官の中で最も女子に人気がある男だが、他の星の二人は狐のような男と認識している。
「しかしそれは軍でも充分対処出来た事だ。勝手に出てきてもらうのは困る。それにどこにも属していない船が戦力を持っているのを見逃す事は出来ん。あの船は地球出身という事ではないか」
 月軍総司令官が蛇のような瞳を地球の総司令官に向ける。
 しかし地球軍総司令官の表情は笑んだままだ。
「地球の責任問題、と言う事ですか? しかしアレの突然の出現を知っているでしょう。それにその力の大きさも。軍にある船とは全く違うし、彼らのユニットの性能も軍より遥か上です。今までそっちは何度も負けて来ているんですから知っているでしょう?」
 笑顔のままの反撃に蛇は怯む。しかし再度その毒牙で威嚇し始める。
「だから問題だと言うんだ! 軍より力を持っている船をこれ以上のさばらせておくわけにはいかん! 早急にあの船を拿捕するべきだ!」
「だーかーら。拿捕しようにも向こうはこっちより高性能。向こうは戦争したいわけじゃないから逃げるでしょうけど、あんまり刺激すると何するかわかりませんよ。なにせ向こうは子供なんですから」
 ふふ、と笑う狐に静かに黙っていた火星の総司令官が振り返る。
「……子供だと言うのは本当だったのか」
 ワンテンポ遅れているゴリラに蛇は睨みをきかせる。
「そういえば、火星はそれほどシルフの影響を受けた事がないそうだな。フン、平和でいいものだ。仕事がないのなら子供の世話を代わって欲しいものだな」
 蛇とゴリラの視線が交錯し、火花が飛び散る。それを見て狐がまぁまぁ、と宥めに入った。
「出現から一年間は別段、軍や政府にも迷惑を掛ける事がなかったのに、それからはやりたい放題。退屈しているんでしょうけど、確かに少し大人に迷惑を掛けすぎですねぇ。それにあの戦艦――軍が抑えられれば間違いなく、これからの戦力増大の促進剤になる。しかし……私は別のものが欲しいんです」
 狐の言葉に蛇とゴリラが怪訝な顔をする。狐がパチリと指を鳴らすとイリュージョンモニターに少女の姿が映し出された。
「戦艦シルフの艦長であり、シルフの生みの親である――サイガ・アヤキ。この少女を軍に入れれば戦艦を抑えるより、より効率良く戦力を上げる事が出来るでしょう」
「本当に、この少女があの戦艦を創ったというのか?」
 蛇が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながらアヤキの映ったモニターを食い入るように見つめる。
 確かにこの少女の姿は見た事がある。
 全世界、宇宙に向けて配信された戦艦シルフの無所属証明動画に少女、サイガ・アヤキが映っていたからだ。しかし蛇や他の大多数の大人は売名行為の為に誰かがワザと子供を映したのだと思っていた。
 狐はナンセンスとばかりに首を横に振り、深く溜息をつく。
「ええ。私も遊んでいたわけではないんですよ? 戦艦シルフの情報を出来る限り集めていました。そしてこの少女に行き着いた。まぁ、シルフはどこにも属さないと公表した時、顔を出していましたからね。調べるのは簡単でしたよ。天才少女サイガ・アヤキ……彼女さえこちらの手に抑えればシルフ自体を抑えるのと同じです。この少女がいなければシルフを動かす事が出来ませんからね。それに、戦艦抑えるよりこっちの方が簡単でしょう?」
 ニコリ、と笑う狐に蛇とゴリラは憎々しげに眼を細めた。
「……しかし、それでも戦艦を抑えなければ少女を抑える事が出来ない。その作戦は……」
「ええ、この作戦は少女が戦艦から離れなければ意味がありません」
 ゴリラの言葉を遮って狐が再度口を開く。
「ですが、今少女は戦艦から降りている。実はこの地球に戻って来ているらしいんです。見事に軍の警戒網を突破して、ね」
『何っ!』
「今から彼女を拿捕する為に作戦を開始させるつもりです。地球軍が拘束するわけですから、彼女の身柄は地球軍のもの。まぁ、戦力増強の開発がある程度進んだらそちらにも提供しますんで……。それじゃ」
 嫌味なほどの笑顔を向けて、狐の回線は一方的に切られた。
 蛇は歯痒さに奥歯を噛み締め、ゴリラは眉間にシワを寄せて空を睨む。
 サイガ・アヤキ、この少女を手に入れれば狐が言ったとおり戦力増強は間違いない。
 しかし地球軍が彼女を手に入れるという事は先を越されると言う事。他軍が強力になり、後からそのお零れを頂戴するようなマネは蛇もゴリラも我慢できる事ではなかった。
「くそ、地球の狐め!」
 地球軍総司令官の一方的な回線切断により、今回の三星軍特別首脳会議は幕を閉じたのだった。
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