アヤキの実家であるラーメン屋『星々軒』は街にある小さなラーメン屋。
 海に面する坂道の街は綺麗な海を眺めるには最適だが、移動するには最悪という場所だった。
 上りと下りの坂が入り乱れるこの街は自転車に乗る者は少なく、皆徒歩かバイク。そして一番有効的なバスを利用している。
 大都市では超高層ビルが立ち並ぶ未来都市だが、この街はほとんど科学の進歩が追いついていなかった。
 緑が残る山もあるし、澄んだ川もある。都市人からして見ればまるっきり田舎というひなびた街だが、訪れる観光客も街に住んでいる住民も、そんな街の地下に巨大な戦艦収容ドッグがあるとは夢にも思っていない。
 そんな街をラーメン屋から飛び出した少年達がひた走る。
 目的地は言わずもがな、街にあるゲームショップ、または電気店だ。
 中には仕事である食料調達の為に市場に向かう一団もいたが、こちらは別段急いでいるわけでもないのでのほほんと歩いている。
「ちっくしょう。また街の様子が変ってるな……ゲームショップは……こっちか!」
 先に出たはずのクルー達を追い抜き、先陣切って街角を曲がるのはハヤトだ。
 シルフの三大権力保有者の一人であり、アヤキとレンとは幼馴染み。
 昔から空手と柔道を習い、子供ながらに全国大会で優勝した実績は数々。天才的な戦闘センスを持つ少年である。
 ――しかし、少々熱くなり過ぎる所、アヤキに毒されてお調子者がうつっている所、そして何より戦闘、運動以外には全く持って才能が無い事。
 つまり――――バカである。
 それに更に輪をかけるなら、とんでもないオタク、ということだろうか。
 だがそんなハヤトだからこそ、アヤキ、そしてレンと共にシルフに乗っている。
「おーっと、ハヤトみっけ。相変わらず早いな」
「レ、レンッ? どうして……」
 自分の方が先に出たはずなのに、いきなり追いついてきたレンにハヤトは驚いた。
 ハヤトと違い、レンは運動神経には縁が無い。レンは完全なインドア派で、アウトドア派のハヤトとは致命的なほど運動能力に差があるのだ。そんなレンがハヤトの脚に追いつけるはずがない。
 まさか――。
 結論に至ったハヤトがレンの脚を見る。レンは自分の脚を動かして走っていなかった。
「お、お前! 靴をいじったのか!」
「ご名答。脚力でハヤトに敵うはずないからよ。地球に戻るまでにチョチョイっと作ったのさ」
 ニヤリと笑うレンの靴は自動で回転するローラーがつけられ、まさに自動操縦ローラーブーツになっていた。
 インドアタイプのレンは運動神経こそ無いものの、メカニックにおいてはアヤキをも上回ってしまうほどの頭脳と腕を持つ。彼が整備班の班長になっているのもその腕あってのものなのだ。更に言うならシルフの設備およびシルフに積まれているユニットもレンの手によって創られている。
 そんな彼が自動操縦ローラーブーツを創る事など造作も無い。
「き、汚っ!」
「んじゃ、お先に」
 余裕の笑みでそう言って、レンは易々とハヤトを追い抜き、海沿いの坂道へと差し掛かる。
 思わず溜息をつきたくなるような長い長い上り坂。
 しかし、レンのローラーブーツは速度を落とす事無く坂を上っていく。
「あ、あいつ、全部計算済みでブーツ作ったな……何だよあの馬力は! くっそ! 負けて……たまるかぁっ!」
 熱しやすく、中々冷める事が無い石のようだとよく言われるハヤトに火が点いた。
 軽く鼻歌を歌うレンを捕らえんと、ハヤトが脚に力を入れる。
「うぉおおぉっ! シャイランザアァァアァッ!」
 地面の角度が上がり、立つのでさえ難しい坂道をハヤトが猛進する。
 運動神経のいいハヤトのこと、すぐにレンに追いつきはしたものの、あと一歩が届かない。
「相変わらず熱いなぁハヤト。付き合ってやりたいけど、シャイランザーかかってっから容赦無しだ」
 涼しい表情のまま、レンのブーツが加速する。
 レンご自慢のナノマシンを組み込んだブーツは、ハヤトを追いつかせまいと唸りを上げて坂道を登っていく。
 しかしハヤトも負けじとレンを追う。もはや人間離れした脚力でどんどんレンとの差を縮めていった。
「なっ……」
 勝利を確信した余裕で軽く後ろを振り返ったレンが驚く。
 険しい顔をしながら走ってくるハヤトは、赤い布目掛けて突進する闘牛の如し。眼は爛々と燃え、口は熱く雄叫びを上げてどんどんレンに迫ってくる。
 あまりの迫力にレンはブーツのギアをもう一段引き上げる事にする。
 差は少し開いたが、ハヤトも食いつくように更にエンジンを加速させた。
「昔っから思ってたけどアイツ本当に人間なのかぁ?」
 呆れ顔でレンが呟き、今まで直立していた姿勢をローラースケートをこぐ様に動かし始める。レンもハヤトの熱が感染してきたのだ。
「だから面白いんだけどな、お前は!」
「シャイランザアアァァアァッ!」
 自分が走る道の先にあるもの。自分が手に出来るであろう勝利の証を叫びながらハヤトが大地を蹴り、踏み締める。
 レンも本気の領域に入り、ローラーブーツを駆使して坂道を登っていく。
 そしてついに、二人が並んだ――。
『うおおおぉおおぉおっりゃあぁあぁっ!』
 雄叫びを上げながら坂道を疾走する二人を見て、車に乗っている家族連れや通行人が何だ何だと眼を見開く。
 しかしそんなものはお構いなく、二人は坂道の上にあるはずのゲームショップにひた走り、ついにそれを肉眼で捉えた。
 その距離およそ百メートル。
 スピードが収まることは無く、二人はそのままゲームショップに突進していく。
 ――坂道が終わる。
 店の扉は自動扉。タイミングさえ合えば誰かが出てくる瞬間を狙って店に飛び込む事が出来る。
 だがもし誰も出てこなかったら、このまま自動扉に突っ込む事になる――!
 しかし熱くなっている二人はそれでも突貫していった。
店に着くまであと十メートル、八メートル、五メートル……。
 ――ここまで来てしまえばイチかバチかの賭け。もう止まる事は出来ない。
 三メートル。二メートル。一メートル……扉が開いた!
 同時にゲームショップに突入し、壁を蹴って綺麗な空中一回転を狭い店内でやってのけ、ようやく二人は止まった。
『復刻版機動光剣士シャイランザーをくれ! 出来れば限定版の方!』
 見事な二人の宙返りに店にいた数人の客が拍手したが、二人が指を突きつけて言ったレジには誰もいない。
「あれ?」
 拍子抜けした二人が辺りを見回すと、店の入り口にエプロンをつけた赤髪のおじさんが立っていた。
 店の店主だ。二人もよく見知っていて、子供の時からこのゲームショプにはお世話になっている。それは店の主人も同じで、二人の悪ガキの事は嫌でも覚えていた。
「はいはい。シャイランザーな。ホントにお前ら変わってねぇなぁ。店の入り口また壊す気だったのかよ」
 ジロリ、と二人を睨みながら店主がレジへと戻っていく。
 足元に置いていたダンボールからシャイランザーの限定版のケースを取り出したが、そこには『ハヤト』『レン』と名前の書かれたシールが貼ってあった。
「あれ。俺達が来るってわかってたのか?」
 レジに身を乗り出し、名前の書かれたシールを見てハヤトが店主に尋ねる。レンも驚いてケースを見ていた。
「お前ら昔からシャイランザー好きだっただろ。ゲームを買いに大騒ぎ、カードを買いに大騒ぎ……。もしかしたら来るんじゃないかと思って取っておいたんだが、さっきアヤキちゃんから電話があってな。イノシシが二匹飛び出してったから入り口に気をつけな、ってよ」
 昔を懐かしむように店主の目が細められ、次に電話の方へ向いた。
「アヤキの奴、こうなる事がわかってたみたいだな」
「アイツは頭良いからな。それに俺達の行動パターンなんてアイツには手に取るようにわかるし。あ、そうだおじさんアヤキの分も買ってくからヨロシク」
 はいよ、と店主はアヤキの名前のテープが貼ってあるケースも取り出す。
 二人もアヤキから貰った金一封の封筒を取り出し、稼いだばかりの給料からゲームの代金を支払った。
 念願のシャイランザーを手に入れ、二人はほくそえみながら大事に抱え込む。
「ほれ、限定版についてくるポスターだ。折れないように筒に入れといたぞ」
 と、店主は次に三本のポスターを取り出し二人に渡す。
 クリスマスにプレゼントを貰った子供のような顔をして二人は受け取り、ハヤトは他に何かゲームは出てないかと店を物色し始めた。
「しかし懐かしいな。お前らが宇宙に出て、もう二年か……」
 店主の呟きにレンが苦笑する。
「まだ二年、だろ? おじさん。それに何回か店にも来たじゃないか」
「けどこの街にお前らがいないと何か火が消えちまったようでな。悪名高い悪ガキ三人衆、ハヤトとアヤキとレン。何度店を壊されかけた事か……」
「あー、おじさん。その話長くなる?」
「ったく! ま、お前らが元気のままで安心した。でもどうせ長くは居ないんだろ? 次はどこへ行くんだ」
「食料の積み込みとか部品の買出しもあるからまだ数日はいるだろうけど……また宇宙に出るだろうなぁ。まだ行き先は決めてないけどさ」
 親しい人には別段シルフの事を秘密にしているわけでもない。
 レンは正直にそう言って、物色しているハヤトにポスターをコンコン、と当てる。
「じゃ、おじさん俺達もう行くよ。これからやる事いっぱいあるんだ」
「お、そっか。早く帰ってシャイランザーやらねぇと!」
「ちげぇ! 仕事があんだろ、仕事が!」
 半ばレンがハヤトを引っ張り出すようにして、二人は店主に手を振りながら出て行く。
 そんな二人に苦笑しながら店主も手を振り返し、またあいつらの居ない平穏だけどどこか静か過ぎる日々が帰って来るのか、と溜息を漏らしたのだった。
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