シルフ専用地下ドッグへ収容されたシルフは羽を休める為に停船。
久々の地球、故郷である日本についたシルフのクルー達は次々に船を降りて整列する。
アヤキはそんなクルー達に一人ずつ札束の入った分厚い封筒を渡し、ご苦労様、と労いの言葉をかけた。
そして全員の前へと立ったアヤキは大きく息を吸う。
「皆、今回もご苦労様! 一週間ぐらいは地球で過ごすつもりだから各自、自分の仕事を終えたらそれぞれ自由にしていいぞ。家に帰ってみてもいいし、ここに残ってもいい。今夜はいつもみたいに帰還パーティーをやるからそれだけは忘れないように! 当然アレもやるからな!」
アレ、の言葉にクルーの全員の眼が不気味に輝く。
アヤキはそれを見てクルーにわかるようにニヤ、と笑みを作った。
「ま、そういうわけだから帰還パーティーが早く、滞りなく出来るように各自頑張ってくれるとありがたい! じゃ、解散!」
その言葉を受けて、クルー達はそれぞれに動き始める。
ある者はまたシルフの中へ、ある者は受け取った封筒を手に嬉しそうな笑みを浮かべて基地の専用エレベーターに向かう。
早く自由時間を過ごしたいのだろう。皆いそいそとエレベーターに乗り込んでいく。
「よし、間違いなく給料は全員に渡したな。えーと、食料の積み込みは食堂の子達がやるし、手伝いは整備班、オペレーターとその他は船内の掃除。衛生班は足りない備蓄の補充。エリックはシルフに残るって言ってたし……完璧だ。んじゃ! 俺はシャイランザーを買いに……」
指折り数えていたアヤキはそう言って鼻歌を歌いながら自分もエレベーターに向かおうとする。
そんなアヤキにハヤトとレンが待て、と声をかけた。
さも嫌な顔をしてアヤキが二人に振り返る。
「な、なんだよ。ハヤト、レン」
振り返ったアヤキが見たのは勝ち誇ったように笑みを浮かべる二人。
「帰ってきてドッグを出る時、アヤキはおばさん達に報告するのが決まりだろ」
「そうそう。それが一応自由にやる為の交換条件なんだから、頑張って。アヤキ艦長様」
ニヤリと笑ってハヤトがアヤキを追い抜き、レンもVサインをしながらハヤトに続く。
もう一度二人に振り返り、アヤキは肺一杯に息を吸い込んだ。
「こんな時だけオレを艦長呼ばわりしやがって……! 覚えてろよ、お前らあぁ!」
「残ってたらお前の分も買っておいてやるよアヤキ!」
レンがそう言い残し、出遅れたアヤキを置いてエレベーターは扉を閉めてしまった。
一応三十人ほどが乗れる大型エレベーターなのだが、シルフに乗っているクルーを運ぶ為には数回往復しなければならない。
しかも地下ドッグと地上まではエレベーターが動いているのかどうか不安になるぐらいの距離がある。アヤキが言うにはこっちのエレベーターは動けばいい、との事で最新にされてはいない。
エレベーターに乗るにしては長い三分という時間を掛けて、ようやくエレベーターは地上についた。
扉が開き、目の前はどこかの部屋の物置のような場所に出る。ダンボールが積まれ、薄暗いその物置の壁には簡易的なドア。
ハヤトがその扉を開けると、そこは――今も営業真っ最中のラーメン屋の中だった。
カウンターには食事中真っ只中なお客さんが座っていて、クルー達がゾロゾロと出てきたのを見て驚きに眼を見開き、レンゲをラーメンの丼に落としてしまっている。
しかしクルーの皆は気にする事も無く、「いらっしゃいませ」なんて声を掛けながら続々とラーメン屋から出て行った。
ハヤトとレンは店の中で立ち止まり、ラーメンを作っている親父さんとおばさんに会釈する。
ふくよかな体に笑窪の出来るナイススマイルを浮かべ、ラーメン屋のおばさんが二人に近寄る。
「おかえりアンタ達。今度は何やらかして来たんだぃ?」
「ああ、後でアヤキが来るんでアヤキに聞いてくれよおばさん。俺達行く所があるんで……それじゃ!」
そう言って先に店を飛び出したのはハヤトだった。
小さな子供が家から帰ってきて、とんぼ返りに遊びに行く時のような慌てたハヤトの姿におばさんは大声で笑い出す。
「帰って来るからには何かあるだろうと思ってたけど、ハハ! ほんと変わってないねぇハヤト君」
「そうだけど、タブン皆変わってないと思うぜ? 俺もさ。おじさん、帰ってきたら特盛りネギチャーシュー麺よろしく! キムチも大盛りでね」
ハヤトが飛び出したのを見て、自分も負けてられない、とばかりにレンが飛び出していった。
ポカン、と口を開けた客が二人の出て行った出口を見て止まり、暫くして、またも物置に続く裏口の扉が開く。
そこからまたも大勢の少年少女達が出てきたのを見て、口を開けっ放しにしていた客の涎がスープに入ってしまっていた。
「おかえりアヤキ。もう二人は飛び出して行ったけど、何しに戻ってきたんだぃ?」
おばさん、しかしアヤキにとってこのおばさんは血の繋がった実の母親。
つまり、このラーメン屋はアヤキの実家である。
不機嫌そうな娘のアヤキにおばさんは苦笑しながら優しい眼差しを向けた。
「ああ、シャイランザー。ゲームだよお母ちゃん。ゲームの発売日。この分じゃオレのはもう無いかなぁ……」
「しゃいらんざぁ?」
「マニアに人気のゲームだよ。男にも女にも人気があってさぁ……。熱いんだけど、出てくるキャラがクールでカッコよくって」
頭の後ろで腕を組みながらそう言って、アヤキは店の出口へと歩いていく。
レンが言っていた事を信用しないわけではないが、やはり自分の分のゲームを手に入れるのは難しいだろう。初めからわかっていた事だが、やはり少しショックだ。出来るなら自分の手で買いたかった。
今から走ればもしかしたら手に入る分があるかもしれないけれど……。
「皆が欲しがる一品だよ。オレも含めてさ。でも、そうわざわざ行く必要もないんだよな」
力なく吐息を漏らし、アヤキはカウンター席に座る。
すかさず親父さん、同じくアヤキの父親であるラーメン屋のご主人はアヤキの前に水を置いた。
「おかえりアヤキ。何にする? ここはお前の店だ、遠慮無く言え」
優しい親父さんの笑顔にアヤキは素直に笑顔になったが、水を一口飲むと悪戯な笑みに変わる。
「遠慮なんかするわけないだろ。この店は本当にオレの店。……オレが建てた店なんだから。んじゃアレよろしく」
アヤキの悪態にケッと笑った親父さんはアヤキの注文の品を用意する為に厨房の奥へと入った。
実は遊楽機動戦艦の艦長、システムプログラマーとオペレーター、そしてシルフに関する全ての経費を出しているのが、このアヤキなのである。
子供の頃から天才少女と謳われたアヤキは密かにある計画を練っていた。
そしてその計画を実行する為の経費を株で次々にヤマを当てるという偉業、その他様々な事業で稼ぎ、自分の夢を叶えたいアヤキは子供だけで宇宙に出る事を親に納得してもらう為にこの店を二人にプレゼントした。
しかしそれもアヤキにとっては欠伸が出るほど簡単な事で、今も株などによる経費捻出は続いている。
シルフのクルーに払っている給料もアヤキの株、その他諸々によって稼がれているのだ。
これはアヤキだけの秘密だが、今のアヤキの総資産は国家予算の半分近くまで貯められている。アヤキが本気になれば国一つを潤す事など簡単だろう。だがアヤキはそんな事絶対にしない。
彼女がお金を貯めているのはあくまで自分と、シルフのクルー、そしてシルフの設備の為である。
いつ何時何があってもいいようにアヤキは充分なお金を貯めておく必要があるのだ。それこそ、国、今や星によって運営されている軍に負けないぐらいに。
だからアヤキはそれ以外には主婦顔負けの節約をして極力出費を抑えている。
地球に帰る前に戦艦を乗っ取って燃料を貰ったのも、実は新しいのを買うとそれだけ経費が掛かるからという理由だからだ。
戦艦の燃料ともなると莫大な費用が掛かる。これはずっと昔からアヤキの頭を悩ませる物の一つだった。
「早くアレを完成させないとな……」
小さく呟いたアヤキにおばさんが小首を傾げたが、アヤキはすぐに何でも無いと応えた。
「で、今回は何をしでかして来たの? 悪さもいい加減にしとかないと、そのうち……」
「ああ、わかってるって! お母ちゃん達には迷惑かけないから。大丈夫だよ」
慌てて取り繕うアヤキを怪しむおばさんだが、アヤキとその友達が悪戯をするのは昔から変わらない。
あっさり何かやらかしているだろうと感づくが、それ以上は何も言わなかった。
それが店をプレゼントしてくれたアヤキに対するせめてもの親心。鳥のように自由に羽ばたきたいという彼等をおばさんは止める気などなかった。
しかし、危ない事をしているのはやはり心配なのである。
少し釘を刺そうかと思ったおばさんだったが、その前にアヤキの前に巨大な丼が置かれた。
アヤキ特別超特盛りラーメン。通称ビッグバンラーメンはレンが頼んだ特盛りネギチャーシューラーメンのおよそ五倍の量がある代物。店でも大食いの人専用に賞金までついていて、普通の人なら見ただけで満腹になる量だが、アヤキは地球に帰って来た時にはこれを必ず食べて、一度も麺一本たりとも残したことは無い。
「うっほあぁ。いっただっきまーす!」
突然の少年達の登場に驚いた客が今度はアヤキのビッグバンラーメンに度肝を抜く。
軽快に割り箸を割ったアヤキは麺を豪快に掬って食べ始めた。
アヤキ曰く、天才はとてもお腹が空くのだそうだ。
しかしスープを啜ったアヤキは思い出したように椅子から立ち上がり、店に備え付けで置いてある電話に向かい、受話器を取った。