シルフ第三格納。
広く空間を取ったこの格納庫にはシルフが戦艦と言われる理由である『兵器』が積まれている。
 巨大な歩兵兵器、アーマーウェポン、通称『ユニット』と呼ばれる超高性能機動兵器。それ一機あるだけで戦争の勝敗を逆転させるだけの力を持ち、大きさ、性能は個々によって異なる。
 もちろん政府、軍もユニットは所持しており、民間企業だけがこの兵器の所持を許されていない。民間での開発、売買は禁止され、不用意に兵器を所持してはならないというのが政府の言い案だった。


 シルフの格納庫には三機だけそのユニットが積まれている。
 赤、青、緑、それぞれの色が特徴的な二足歩行機動兵器。
 シルフの最高権力者のみが操る事を許される三機のユニットは政府の規則を初めて破った民間のユニットでもある。
 しかし今は三機共格納庫の中で大人しく佇み、その傍らで彼らユニットのメンテナンスを担当する整備班の少年達は円陣になって集まっていた。
 シルフでも一番の大所帯である整備班は約五十名ほどの少年達の集まりで、女子は一人も居ない。
 全員シルフのロゴが入ったツナギと帽子を愛用するマシン大好きの男達だ。
 普段は笑いの耐えない整備班だが、今、全員その表情は真剣で、一人の少年が一枚の紙を手に、言葉を発するタイミングを窺っている。
 ゴクリ。
聴こえてきそうなほど喉を鳴らして唾を飲み込み、少年達はその時を今か今かと待っていた。
「今回の――――」
 ゴク、ゴク、ゴクン。
「今回のシルフ美少女コンテストは、オペレーターのリナちゃんに決定だーぁっ!」
 少年の言葉に円陣を組んでいた少年達が一年全ての休日がいっぺんにやって来たかのような雄叫びを上げる。
 オペレーターのリナと言えばシルフの中でも有名な笑顔の似合う美少女で、声もリスが鳴いたように可愛いともっぱら評判であり、整備班の少年達はやっぱりな、と腕を組んで頷く。
「やっぱりリナちゃんだったか」
「そりゃそうですよ班長。ちなみに二位は誰なんです?」
 班長と呼ばれる少年は銀色に染め上げた短髪の頭を掻く。
 彼こそ、このシルフの整備班をまとめる長であり、シルフの機械と名の付く物ほとんどの生みの親でもある。
 いつも首に下げているゴーグルが、班長である青年の大きく息を吸う動作と一緒に動いた。
 切れ長の瞳をニヤリと細ませて、彼は手に持つ紙に書かれた名前を読み上げる。
「二位は、元気で明るい食堂のエミちゃんだ。三位は同じくちょっと怖いけど、そこがまたいい美少女オペレーターのレイカちゃん」
 うんうん、示し合わせたように少年達は頷く。
「班長班長! 班長は一体誰に投票したんですか?」
 一人の少年が屈託の無い笑顔を向けてそう質問し、班長である銀髪の少年は一瞬苦笑いを浮かべた。
 いつの間にか全員、班長が誰にその貴重な一票を入れたのか気になったらしく、無数の輝く眼が少年に向けられる。
 無言で答えを待つ部下達に少年は歪な笑い顔で応えた。
「あー、ほら。俺は実行委員だからさ。誰にも入れてねぇんだよ」
 銀髪の少年の言葉に全員が嘘だー、と疑いの眼になったが、突然円陣の中にイリュージョンモニターが現れ、班長を含めた全員が跳び引いた。
 モニターに映し出されたのは満面笑顔のアヤキだったが、全員がアヤキのこんな晴れた笑顔は怒っている時だと知っている。
 長い間一緒にいないと判り辛いのだが、微かに眉の端がピクピクと脈動するように動いていた。
 サァ、と音を立てるように全員の血の気が引く。
「ア、アヤキ……」
「レン、それってオレは何位なんだ?」
 銀髪の少年レンは震える手で自分の持っていたランク表を春風一番な笑顔のアヤキが映るイリュージョンモニターに向ける。
 アヤキはそこに書かれた順位を眼で追って行き、静かに顔を俯かせた。
 嵐の前の静けさだ。整備班の全員はそう理解していた。さっきとは違う意味で唾を飲み込むのが意識しなくては出来なくなる。
 そして、突風が吹いた!
「なんで……なんでオレが最下位なんだぁ! 投票が一票だけってどう言う事だ!」
 爆発したアヤキの鬼のような形相に整備班の少年達は蜘蛛の子を散らすように走って逃げていく。
 まるで隕石が落ちてくるのを見て逃げ出すようなパニックぶりだ。
 だがレンだけはパニックに加わらず、苦笑したままアヤキの前に立っている。
「お、落ち着けよアヤキ。いいじゃねぇか一票でもお前に入れてる奴がいるんだからさ」
「コロス。その一票入れた奴以外、おめぇら全員をコロス!」
 炎を背に、アヤキが三角になった眼を光らせてレンに恐怖の宣言をする。
 しかしそんなアヤキにも慣れていたレンは小さな溜息をついて苦笑した。
 レンはアヤキと幼い頃から、それもシルフに乗る前からの友人でアヤキのこんな状態にももう慣れきっている。
 それはハヤトも同じで、アヤキとハヤトとレンこそ、このシルフにおける最高権力者の三人なのである。幼い頃からの腐れ縁でもある三人はお互いにお互いの性格をよく理解していた。
 もちろんレンもアヤキの性格はわかっているし、扱い方も他のシルフのクルーに比べれば慣れている方だ。
「そんなだからお前は男がいなくても大丈夫って思われんだよ。実際お前男より強いしな」
 レンの悪態にアヤキは苦虫を噛み潰したような顔になったが、まだ血管をうさぎの鼻のように動かしたまま。
 このままだと怪獣のようにいつしか炎を吐くようになるんじゃないだろうか、なんてレンは考える。
 リアルに怪獣になったアヤキを想像してプッと噴き出したレンをアヤキは鋭く睨みつけたが、普段の少し口の端で笑ってる表情に戻った。
 その表情の変り方が本気で悪魔を怒らせてしまった時のような感じがして、レンはしまった、と顔を引き攣らせる。
 悪魔は聖母を騙るかのように、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべた。
「これから地球に帰る。いつも通り地下ドッグに入れるから整備班は荷物積み込みの作業な。食料買出しは食堂の皆が行くから、何人か同行して荷物運び手伝ってやってくれ。誰が行くかは班長であるお前に任せる。でも行く奴は確実にシャイランザー買えないと思うからそのつもりでな」
「マジかよ。こりゃ整備班で戦争になんぞ」
 頭を掻きながら言うレンにアヤキは冷たく微笑んだまま、
「オレが知るか。整備班は“もっさり”減給しとく」
 と、言ってイリュージョンモニターは消えた。
「あらまぁ。女子にモテる奴って必ずと言っていいほど男にはモテないんだから仕方ないだろうが……まぁ、アヤキはもっと他に問題がな……はぁ。もっさり、減給、ね」
 レンはもう消えてしまったモニターのアヤキにそう呟く。
 女の子にしては性格は豪快。頭は良過ぎる程に良いし、運動神経も良い。普通の女の子より身長は高いし、格闘技も使えるし、ハッキングだって朝飯前にやりこなす。
 だが自分の事をオレと呼び、男口調なアヤキは女子にはファンクラブが出来るほど人気があっても、男にはてんで人気が無かった。
 かと言って、男が作った美少女ランキングを気にするあたり、アヤキもまだまだ女の子。
 ……なんてレンは考えていた。
「は、班長……」
 イリュージョンモニターが消えた事に気付いたレンの部下達が怯えながら戻ってきた。中には涙目になってる者もいて、いかにアヤキが恐ろしい存在として部下に認識されているのかがわかる。
 頬を掻きながらレンは苦笑し、全員に聴こえるように手でメガホンを作る。
「よーしお前ら、これから誰がパシりになるか決めるぞ! 負けても恨みっこなし! 負けた奴はしょうがないが数があればちゃんと俺がシャイランザー買ってきてやるからな! よし、行くぞ……じゃーんけーん……!」

      ◇

 月軍領域にいた軍の戦艦を乗っ取り、燃料補給を完了して地球に戻ろうとする遊楽機動戦艦シルフ。
 アヤキが作り出した自動操縦プログラムによって軍や政府の船に見つかる事も無く、地球までの航路は順調。大気圏も問題無く、軍、政府の盲点である太平洋の真ん中からシルフは翼を閉じて潜水モードへ移行。 海の中を通り、シルフは日本へと辿り着いたのだった。
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