モニターの回線を切った少女がククク、と喉の奥で笑いながら椅子に凭れる。
 白と黒をコントラストにした広いコックピットエリアでは戦艦ドワーフ制圧を意味する様々なイリュージョンモニターが浮かび上がっていた。
 その中の一つのモニターが『燃料補給完了』と文字を点滅させる。
「よっしゃ、補給完了っと。皆ご苦労さん。さっさとここ離れて地球に向かうぞ」
 コックピットエリアにいるオペレーターの少女達に指示を出し、まんまとドワーフの艦長をやり込めた少女が手を振り上げる。
 その時、通路からコックピットエリアに繋がる扉が開いた。
「コラ、アヤキ! 今日は艦長を俺にやらせるって約束だろう!」
 コックピットエリアの中枢に座っている少女に扉から入ってきた少年が叫ぶ。
 シルフのロゴが入っている赤いジャケットに黒のズボン、開いたジャケットからは中に着ている『吼えろ!』と太筆で書かれたTシャツを着ているのが見える。
 身長が高く、身体を鍛えていて余分な肉が無い彼には良く似合っているが、Tシャツのセンスだけは首を傾げてしまう。
 少しくせっけのある黒髪は寝癖がそのまんまにされていて、反抗期の青年の心のようにあちこちに飛び跳ねていた。
 しかしそんな髪型とは逆に、はっきりとした曇りのない瞳はどこか熱苦しささえ感じる。
 その証拠にアヤキと呼ばれた少女は小声で熱いねぇ、とオペレーターの少女達に同意を求めるように呟いた。
「別にいいだろ、オレとお前は艦長兼、パイロット兼、オペレーター……なんでもありなんだからさ。それに艦長にはオレの方が向いてるだろ」
 さっきのヤカンオヤジと一緒だな、とアヤキは少年を細い眼で見て溜息をつく。
 だがそれに喰ってかかるように少年はアヤキに近づいてきた。
「確かに三人でこの船を動かすって約束だが、昨日ゲームに勝った時、俺に一日艦長やらせてくれるって約束しただろ。それに何で地球に行くんだ!」
「あーもぉ、うるさいなぁハヤト。ほれ」
 アヤキが見開きに折りたたんだ雑誌――『月刊ゲームコスモ』をハヤトに投げる。
 そこには『復刻版機動光剣士シャイランザー特集』と書かれており、数ページに渡って幻のゲームであるシャイランザーの事が掲載されていた。
 ハヤトの眼が徐々に輝き、雑誌を持つ手が震え始める。
「一応は食料調達に戻るつもりなんだけどさ、シャイランザーの復刻版が出るとなっちゃあ……行かないわけにいかないだろ」
 ニヤ、と笑うアヤキにハヤトも同じような笑みを作る。
 そして無言で二人とも親指を立てて、わかる者だけがわかる笑顔で笑いあった。
「あったり前だろ! シャイランザーの為に今すぐ戻るぞ地球に!」
 おう! とオペレーターの少女達が応え、すぐさま船を動かす準備にかかる。
 さっきまで艦長をやらせろ、と騒いでいたハヤトはまんまと罠にはまって月刊ゲームコスモを読むのに夢中になり、アヤキはそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
「単純な奴で助かった。さて、地球に戻る為に準備しないと…………あ、シャイランザーなんだけど発売日、昨日なんだ。一日勘違いしててさ」
 キーボードを打つ前の準備運動とばかりに指を鳴らしたアヤキが思い出したようにそう告げる。
 思わずハヤトは雑誌を落としそうになり、オペレーターの少女達はキーボードを打つ手が止まった。
 シン、と静まり返るコックピットにアヤキはやっぱり不味かったか、と小さく舌打ちをしたが、その静寂に耐えかねてここは素直に謝る事にする。
「…………。い、いや、最近その、寝てなかったから、さ……ごめん」
 にこやかに、だが乾いた笑い声を漏らしながらアヤキが頭を下げ、パネルについたスイッチを押す。
 アヤキが座っていた反重力装置のついた椅子がコックピットの宙に浮き、更にイリュージョンモニターがアヤキの周りを回り始めた。
 いつもの定位置についたアヤキを見て、雷に打たれたようにハヤトの身体が弾む。
「い、急げ! 今すぐ地球に――! シャイランザーが売り切れるー!」
 静寂が悲鳴のような叫び声に掻き消された瞬間だった。
 ハヤトの叫び声がコックピットに響き渡り、オペレーター達も火が点いたように自分の仕事をやり始める。
「ハハハ。さて、オレも頑張らないと。しっかし、シルフに乗ってるほとんどの奴がシャイランザー買ったらオレの分までなくなっちまうだろうなぁ」
 コックピットにアヤキが入った半透明の球体が浮かび上がる。
 イリュージョンモニターをより効率よく利用するためのアヤキ専用のモニタールーム。通称アヤキルームだ。
 その中でまるでピアノを演奏するようにアヤキの指がキーボードを弾く。驚くほど早く、鋭く、だが正確に。
 次々と新しいモニターが現れ、次第にアヤキの姿は見えなくなっていく。
「あ! つーか、お前がハッキングしてシャイランザーのデータ落とせばいいじゃねえか」
 アヤキルームに入っていても外の音は容易に聴こえる。
 頭を抱えて騒ぎ立てていたハヤトはハッと気付いてそう言ったが、ハヤトはすぐにそれは愚問だったなと思う。
 モニターの奥へと少しずつ消えていくアヤキはニヤリ、と笑ってハヤトが思った通りの答えを口にした。
「それじゃ意味無いだろ。ケースと説明書と本体があるから意味があるんだよ、ゲームはな! シルフ発進! 目標地球、シャイランザー買いに行くぞ皆ぁ!」
 オペレーターもハヤトも腕を上げてアヤキに応えた。



 宇宙を旅する事が容易になった未来、人々は地球を離れ、月、火星をはじめ、その他の星を次々に自らの植民地にしようとしていた。
 それぞれの星を結ぶ船は政府、軍、そして星雲の旅を生業とする巨大企業によって運営、開発され、数々の船が生み出された。
 土地を増やす事に成功した人類は生産率を高め、人口を更に増大。
 一気に繁栄の一途を辿り、ついに太陽系から脱出という悲願をも果たした。
 しかし、それで人間の目標が費えたわけでもなく、人々は新たな標を探していた。

 そんな時代の中、政府、軍、そして企業からも一目置かれる船が突然出現する。
 コードネーム――『シルフ』
 風を生み出す妖精の名前がついたこの戦艦は本体機関から四枚の翼のように機体が広がっており、文字通り妖精、悪く言うならトンボのような姿をしている。
 政府でも軍でも企業でもないこの戦艦は満二十歳以下の少年少女達だけで運営され、どこにも属さない事を公表した。
 かくして、この船は異名を得る。

 ――遊楽機動戦艦シルフ、という名を。
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