深い闇の中で必死に赤い機体が基地を踏み荒らしている。
 だがそれは建物に躓きそうになって、、、たたらを踏んだり、しっかり歩こうとしてやっぱりコケてしまったりする上での事だった。
 表に出て赤いユニット、アーバインのそのマヌケな姿にアヤキは口をひく付かせて呆然とする。
「まさか、アレに乗ってるのが、コウタ?」
「ああ。ジャンケンで一応公平に決めてコウタになっ――――」
 言い終わる前のレンにアヤキの問答無用スクリューパンチが叩き込まれる。
 先ほど受けたダメージに上乗せされるアヤキの攻撃に、レンは呻き声を出す事も出来ずに涙を流して魂が飛ぶ。
「ブァカじゃねぇのか! 素人ユニットに乗せてどうすんだ、あぁっ? ユニットの装甲にどれだけの金を掛けてるのかお前が一番わかってるだろうに! あぁっ、あんなに傷だらけにしやがってコウタぁぁっ……」
 レンの腕時計型通信機を引っ手繰ったアヤキはスイッチを入れる。イリュージョンモニターに映し出されたリナに向かってアヤキは大声で、
「ちょっとこれアーバインに繋いで! 今すぐ!」
「アヤキさんっ! 無事だったんですね!」
 ぶわぁっと涙を流すリナの顔の周りに次々に同じ様な顔をしたオペレーターの少女達が集まってくる。
 まさか泣くほど心配していると思わなかったアヤキは一度だけ彼女達を安心させるように笑って、頷く。
「オレなら大丈夫だよ。それよりこれから戦闘態勢に入るよ! とりあえず今は回線をアーバインに乗ってるアホに繋いで」
「はいっ!」
 泣きながらも笑顔になるリナの顔が消えて、今度は泣きながら慌てているコウタの顔が映る。アヤキからの回線に驚いたコウタは一歩後ろに下がり、それを読み取ったアーバインも後ろへと下がって建物を踏み潰した。
「コウタ! 何やってんだお前! 整備班としての腕はどうしたんだ、まともに歩く事すら出来てねぇじゃねぇか!」
「ア、アヤキ艦長ぅ……ヒック、最初は上手くいってたんですけどぉ……」
 そう言ってコウタがグスグスと泣きながらレバーのような物をモニターに向ける。
「お、お前まさか……」
「モーションセンサーを読み取る回路をカスタマイズしようと思って、失敗しました」
 アヤキとハヤトが同時に『はぁっ?』と声を上げる。
「お前、機体にいくら掛けてるかわかってるだろ! それに動かしてる最中にカスタマイズしようなんてバカか! お前仮にも整備班だろがっ!」
「アーバイン壊したのか! 俺のアーバインを壊したのかっ!」
 二人の叫びにコウタが何度も謝りながら頭を下げる。それを読み取ったアーバインが同じ様に平謝りした。
「モーションセンサーを上書きする前にこうなったんで動きはちゃんと読み取るんですけど、突然色んな所にバグが入るらしくって、歩いたりしてると突然機体がっ……うわっ!」
 平謝りを続けていたアーバインが突然頭を下げると共にチョップを繰り出す。基地の地面を叩き割るようなチョップが地響きを起こした。
「これじゃアーバインはまともに動かせないな。ったく、バカコウタ。あとでタップリお仕置きするから首洗って待っとけよ」
 ジロリとしたアヤキの睨みにコウタが悲鳴を上げる。
 とりあえず、と通信機の回線をシルフに戻したアヤキは真剣な顔に戻った。
「シルフは今どこ?」
「現在シルフは地球軍基地の東側、水深五百メートルの地点で潜水しています」
「すぐに上がってこれる?」
「はい。基地の傍まで一分もあれば到着します」
「オッケー。じゃあ作戦を言うよ。シルフは最大船足で上がってきて。あとシルフが今動いてるって事は簡易プログラムなんだよね? そのシステムをオレが戻ったらすぐに切り替えるからオペレーターの子達はすぐに仕事が出来るよう待機してて。あと、ギルティはすぐに出せそう?」
「はい。整備完了してますよ。いつでも出撃オッケーです」
「了解。シルフが表に出てきたら対空砲がそっちを狙い始めるだろうからくれぐれも気をつけて! それじゃ作戦開始!」
「はいっ! シルフ最大船足、浮上します!」
 リナのイリュージョンモニターが消え、アヤキ達も基地の東側の海に向かって走り出す。
 途中で何人かの敵にあったが、皆アヤキの怒りの捌け口になった。
「邪魔すんじゃねぇーっ! 死にたくなかったらとっととこの基地から出てけっ!」
 容赦ない攻撃にあっと言う間に敵は居なくなり、もはや出る幕のない男三人衆は黙って哀れな敵の残骸を踏み越え、黙祷を捧げる。
 後もう少しで海に面した基地の終わりに辿り着く。その時だった。
「逃がしはしませんよ、どこへ行こうというんです」
 スピーカーから聞こえるクビキの声にアヤキが振り返る。
 基地の地表がスライドする扉のように開き、そこから白い機体が姿を現した。
 その形状はアヤキ達シルフのユニットとよく似ていて、アヤキは眼を見開く。
「新型? へぇ。軍にしてはいいデザインじゃないか。今までのポンコツユニットに比べればセンスいいぜ」
 それは突然のユニットの登場に驚いたというより、ユニットのデザイン性に感心した驚きだった。今までのユニットのデザインはアニメでさながらザコにしか扱われないようなカッコよさの欠片もないものばかりだったが、今現れた白いユニットはアヤキでさえも驚かせるほどのセンスがある。爬虫類のような、髭の長い龍のようなデザインの頭をつけた人型ユニットだ。
「デザインは及第点だけど、性能じゃあオレ達のユニットに敵いっこない。諦めろよクビキのクローン」
 それはアヤキの曇りもない自信だったが。それ故に目の前の光景を信じられなかった。
 クビキの白いユニットがコウタの乗っているアーバインを蹴りで吹っ飛ばしたのだ!
「――――は?」
「アーバインッ!」
 自分の大事なユニットを吹っ飛ばされて叫んだのはハヤトだ。担いでいたレンをその場へ落とし、アーバインの方へと走って行く。
「おい、ハヤト! 行くな、戻れっ!」
「アーバイィイイィンッ!」
 アヤキの叫びも耳に届かず、自分の大事な機体が吹っ飛ばされた方へともの凄い勢いで走っていくハヤトを誰が止める事が出来よう。
「チッ、あのバカ。気持ちはわからなくもないけど……」
「アヤキさん、そろそろ到着します」
 リナの声とほぼ同時に、海面にシルフの姿が現れる。まるで海から鯨が顔を覗かせるように海面を割り、アヤキの無事な姿を見て喜んでいるようだ。
「しょうがない、先にこっちだ。行くぞレン、エリック!……ハヤトの奴、無茶しなきゃいいが」
 もう一度基地の方を振り返って、アヤキはシルフへと乗り込んだ。


 コックピットへ帰って来たアヤキの姿を見て、オペレーターの子達が歓声を上げる。
「良かった、アヤキさん!」
 涙ぐむリナを見てアヤキはニッと笑った。そして艦長の座る椅子へと向かう。
「オレ達は何はともあれ軍を敵に回した。相手はカンカンになって怒ってるけど、喧嘩売ってきたのは向こうが先だ。オレ達に手ぇ出したらどうなるか思い知らせてやるぞ!」
 一同が腕を上げてそれに答える。傍ではノビたレンといつもの調子が出てきたな、と笑うエリックが居た。
「まずはシルフを再起動だ。それから、未完成だけどアレを使ってみるか」
 アヤキは指を鳴らして艦長席に座り、コックピットエリアにアヤキルームが展開した。球体の中でアヤキの指が恐ろしいほどの素早さでキーボードを叩き、イリュージョンモニターが忙しなく画面を変える。
 それに同調するように簡易プログラムだったシルフが徐々にその姿を変えていく。
 白く輝いていたシルフがもっと強い光を放ち始めた。
「よし、皆行くぞ!」
 スタンバイしているオペレーターの子達もそれぞれにキーボードを叩き、アヤキの仕事をバックアップする。

 プログラムファイル・T―BELL・システム起動サセマスカ?

「え? 何ですかアヤキさん、このプログラムは……」
 リナの疑問の言葉にアヤキは楽しそうにニヤリと笑う。
「システム起動! 目覚めろ、ティンク!」
 声と共に、アヤキがエンターキーを押した。
 すると艦内にイリュージョンモニターが次々に現れ、その全てが『T―BELL起動』という文字を表している。それが映画でも始まるかのような数字のカウントダウンになり、次に現れたのは赤いバラの蕾の絵。
「な、何なのコレ?」
 自分の目の前にあるモニターを見ていたエリックだが、何なのかさっぱりわからない。
 やがて蕾が徐々に開き、開いたバラの花の中からは小さな少女、背中にトンボのような昆虫の羽を持った少女が映し出された。
「これって、シルフの会見の時のオープニングに出てた……妖精?」
 レイカがモニターに映った少女を見て言い、アヤキが正解、と答える。
 モニターの中の妖精少女は長いピンク色の髪をふわりと揺らして大きく欠伸をする。それからパチリと眼を開いた。
 モニターに顔を向けた妖精は寝ぼけた顔から徐々に嬉々とした笑顔になる。
「おはようパパーッ! やっとワタシ起きれたんだねっ!」
 全員が一同に同じ事を思う。――パパ、って誰……?
「おはよう。早速だけど仕事だよ、マクスウェルMコアの始動にかかってくれ」
 ハッハッハ、とまるで父親のように笑うアヤキは妖精少女に向かって言い、それに妖精が頬を膨らませて可愛らしい声を低くする。
「もうっ。折角起きられたのにもう仕事? パパと遊びたいのにっ」
「いや、パパも遊びたいんだけどその前にこの基地をぶっ壊さないと気が済まなくてさぁ。パパもう酷い眼に合ってハラワタが煮えくり返ってるんだよ」
「えーっ、そうなのっ? じゃあ協力する! パパを苛める奴なんてワタシが許さないもん!」
「あ、あのアヤキさん?」
「んー? どうしたエリック」
 エリックは真顔でモニターを、厳密に言えばモニターに映った妖精を指差し、
「コレは一体なんなの?」
 それはシルフクルー全員の質問でもあった。
 アヤキはケロッとしたままで妖精少女を見て、
「ああ。AIだよ。人工知能。ほら過労でオレ倒れたろ? アレって最近このティンクを創ってたからなんだよ。シルフに搭載するAIを創ろうと思ってたらのめり込んじゃってさぁ。苦労したよぉ、ティンクの画像とか声とか色々用意するのが。それにティンクのもうちょっと性能落とした奴とかって結構売れるんじゃないかと思って量産型も色々試行錯誤したりして……」
 まさか過労騒ぎの真実がこんなことだとは。
 エリックは何だか気が落ちて「あっそ」という言葉を言って自室へと戻っていく。
「何だよー、ティンクはこれでもすごいんだぞー」
「そうだぞー。パパに創ってもらったワタシはすごいんだからぁー!」
 本当の親子のような二人にエリックは返す言葉も無かった。
 その時、コックピットに泣きじゃくっているコウタの姿が映し出される。
「艦長っ、まずいです! アーバインの出力が低下してっ、燃料切れが近いです!」
「そりゃお前が無駄に動いてたからな。ティンク、Mコア始動させて。同時にレンジも展開させてくれ。飛ぶぞ!」
「はぁーい。任せてパパ!」
 ウインクをした妖精少女ティンクのモニターが消え、シルフが徐々に空中へと浮き始める。
 少し揺れる艦内だが、突如鳴り響いてきた音楽に全員が気を取られた。
「これって、シャイランザーのオープニング曲?」
流れ出した音楽の出だしだけでシルフに乗っているほとんどのクルーが何の音楽かわかる。
 その通り、シルフに流れていたのはシャイランザーのオープニングテーマ曲だった。
「ティンクの奴、粋な真似を……」
 静かな曲調から始まり、徐々に熱いアニメならではのハイテンポな曲になっていく。
 その曲を聞きながら更にアヤキがキーボードを弾き、シャイランザーの曲を口ずさみ始めた。皆もそれに合わせて唄い始める。
 音楽はスピーカーを通して基地にも響き渡っていた。

 見えなくなっていた あまりにも闇が深すぎて
 何が大事だったのか 何を信じていたのか

 それでも信じてくれる 君達がいた
 さぁ 光を手に世界を取り戻そう

 それでも傍にいつも 君達がいた
 さぁ 光を手に宇宙を取り戻そう

 光の剣士よ 熱い魂の煌めきで敵を切り裂け――!

「よおぉし、ノってきたぁ!」
 一頻り唄いきり、アヤキはそう言って最後のキーを叩いた。
 それに同調するように中央モニターにティンクの姿が浮かぶ。羽を伸ばし、身体から光りを放つ妖精の姿が。
 アヤキの心を感じ取り、大きく翼を開いたシルフは白銀の光を放つ妖精の姿へとなり、暗闇の空に舞う。
「Mコア始動。シンクロ――稼働率十五、三十、五十五、八十……Mコア損傷箇所無し、出力安定してるよ」
 身体から光りを放つティンクは先ほどの元気な姿とは違って真剣な眼差しでアヤキに伝えた。それにアヤキが頷く。
「Mレンジ展開!」
「了解。Mレンジ展開――」
 シルフの光りが一層強くなり、そんなシルフに基地の対空砲が口を向ける。
「地球軍基地対空砲、こちらに照準を合わせています!」
 オペレーターの子の言葉にアヤキはクスリと笑うだけだ。
 一斉の砲撃がシルフに向かって放たれる。だがそれは、シルフに届く前に爆発してしまった。
「ハハーッハハハ! バッチリだ! Mレンジ成功! 夢に一歩近づいたな!」
 もうアヤキがどんな手を用意しているのかオペレーターの子達でさえわからない。今本当に駄目かと思ったのに、一体何がどうなっているのやら。
「Mレンジはオレが考案したバリアシステムだよ。Mコアの素粒子レベルにまで影響する力を利用した最小の網の結界。完全に物質的攻撃は防げるし、光学レーザーも防げる優れもの! 反則技みたいだけど、使えるもの創ったこっちの勝ちだもんね!」
 ガハハと笑うアヤキに全員がわかったような、わからないような表情になる。
 しかし元々シャイランザーなどのロボットアニメを見ているので何となくバリアで今の攻撃が防げたという事はわかった。
「シルフはこのまま待機。Mレンジがある限りシルフは無敵の艦だから大丈夫。それじゃオレはギルティで出るからナビゲートよろしく!」
 そう言って、アヤキはアヤキルームから飛び出し、くたばっていたレンをズルズルと引き摺りながら格納庫へと向かう。
格納庫では緑色の機体と青色の機体が主を待って跪いていた。
アヤキのユニットは緑色の装甲で、ハヤトの細身のアーバイン・フレームと違い、もっとがっしりとした体格の二足歩行型ユニットだ。
 機動性や俊敏性はアーバインに劣るが、その装甲の硬さは三機のユニットの中で一番で、防御型の援護型。
 格闘型にしてあるアーバインは素手での格闘を得意とし、武器に一応ナイフを持っているが、ハヤトはほとんど使った事が無い。アーバインは身軽さを極める為に武器らしい武器は何も持っていないのだ。そしてその逆であるアヤキのギルティ・チェインは身の硬さを利用し、身体が重くはなるものの、替わりに大量の武器を持っている。
 後方で援護を担当するギルティは身体のいたるところにミサイルを装備してあり、アヤキが操作すれば百発百中の力を持つ。
「レン、そろそろ起きろー。もうそれなりに回復しただろー」
「お前は、もうちょっと……自分の危険性を認めるべきだ……」
 自分の腹を大事そうに押さえたレンがゆっくりと起き上がる。
まだ顔面は蒼白だが、動けない事はないらしい。それにこんな大きなイベントを逃すほどレンも冷めた男ではなかった。
 それぞれに自分のユニットに乗り込んだ二人はユニットを起動させる。
ギルティのコックピットへ乗り込んだアヤキは、ギルティに備え付けられたキーボードを叩いた。キーボードによる素早いタイピングが出来るアヤキはギルティの操作をほとんどキーボードのみでやっている。
 シルフに積まれている三機のユニットは本当に三人がそれぞれ操作しやすい様に創られているのだ。その為アヤキはキーボード、ハヤトのアーバインは手と足を固定した物でアヤキの様に考えて動かすのでは無く、動かしたいように身体を動かせばそれに合わせてアーバインが動くように出来ている。
 そしてレンの青い装甲のユニット、ファントム・バロンは同じ援護型。しかし二人のユニットの中間にある機体で、普通の体型。だが一番使い勝手のいい、近距離遠距離両用のユニットだ。ナイフである程度の格闘も出来るし、銃が得意であるレンの為にコックピットはハヤトとほとんど同じものだが、右腕をすぐに外して備え付けてある専用の銃のトリガーを引く事も出来る。
 近距離ではナイフ、遠距離ではスナイパーライフルも扱えるというレンのファントムは整備班でも一番人気の高いユニットだ。
 アヤキが乗り込んで命を吹き込まれたギルティはアヤキの周りにあるモニターに目の前の光景を映し出し、アヤキは続けてキーボードを叩き続ける。
「リナちゃん出して!」
「はい、アヤキさんのギルティ・チェイン出撃します――ハッチ解放! エレベーター上がります」
 シルフの一枚の翼が開き、そこからギルティ・チェインが姿を現す。
 地表に出たアヤキが見たのは白い機体にいいようにやられているアーバインの姿だった。
「何やってんだよもうっ! 行くぞレン、あの白い新型を止める! 何か絵的に白いのに赤いのがやられてるってのが気に入らん!」
 そう言って、アヤキは素早くキーボードを叩いた。
 ブースターを点火したギルティがシルフから高く飛翔し、基地へと向かう。
「う、うぅ。すまん、なるべく穏便にファントムを出してくれ」
 やっとの思いでファントムに乗り込んだレンだがナビゲートに映し出されたレイカが冷たく、
「穏便に出すのは無理です。普通に出します。ファントム・バロン出撃、エレベーター上がります」
「し、仕方ない。あとで倒れよう。今はここを何とか……」
 ダメージの負った身体に響く振動に涙しながらレンはそう言って、腹をくくることにした。


 ハヤトは一人、アーバインに向かって走っていた。
 ただ自分のユニットであるアーバインが敵にやられているという自体を目の当たりにした、それだけの理由で。他の事なんて関係ない。自分の分身とも言えるアーバインがやられているのが我慢できない。
 なぜか敵の軍人と会う事はなかったが、巨大なユニット同士の戦いにいくらなんでも近づくのは無謀すぎる。
 どうやってアーバインに近づこうかと考えるハヤトの考えを他所に、ハヤトの前に新型ユニットに殴られたアーバインが倒れてくる。
「わっ、わわっ、わぁあぁっ!」
 急ぎ足でハヤトは退避したが、チャンスとばかりにアーバインに走り寄る。
「コウタ、コウタ! ハッチを開け、俺に代われ!」
「うぅ、ハヤトさぁん? もう俺どうしたらいいのか」
 胸元のハッチが開き、涙で顔をクシャクシャにしたコウタがハヤトに縋り付いて来た。
「後は俺に任せろ、お前はシルフに戻れ!」
「でもっ、アーバインはモーションセンサーが壊れてて……!」
「大丈夫だ、アーバインは俺のユニットだからな」
 笑顔で言って、ハヤトは何の不安も見せずにアーバインに乗り込んだ。
 センサーに自分の手足を固定する。アーバインのモニターが本当の操縦者を待ち望んでいたかのように点滅した。
「行くぞ、アーバイン。初のロボット対戦だ!」
 足に力を入れればアーバインの足にも力が入る。拳を握れば、アーバインも拳を固くした。
 ゆっくりとアーバインが立ち上がる。
「オリジナルは脱出に成功した。後は証拠が残らないようここを壊滅させる。あとは……生贄になってもらうぞ、クソガキ」
 白い機体のスピーカーから声が聞こえた。クローンクビキの声だ。
「ごちゃごちゃうるせぇ! こっちはもうやる気充分なんだよ!」
 アーバインが走り出す。白い機体も走り出す。
 アヤキ誘拐から始まった長い戦いが、終わりに近づいていた。
「おおぉりゃぁあぁっ!」
 武器を持たないアーバインは自分の拳を白い機体に向かって繰り出す。だがその腕を伸ばした瞬間に足が変な動きをして空回りする。
「何だっ、アーバイン!」
 そこへクビキの機体の蹴りが炸裂した。アーバインは見事に横へと倒れる。
 その衝撃で爆発が起き、基地から立ち上る炎と煙で空は更に赤黒く染まった。
「くっそぉ、アーバイン、気合だ気合! やっと来た見せ場なのにこれはないだろ!」
 すまない、というようにモニターがまた点滅し、ハヤトはもう一度立ち上がる。しかしそれを阻止するように白い機体がアーバインに足を乗せて踏みつけた。
「だから子供は嫌いなんだ。安直で、自分は何でも出来るんだと勘違いしている。お前らは大人の庇護が無ければ生きていけない。俺達大人がいなければお前らは生きて――ああ、どんどん思考がオリジナルと同化していく。ククク、ハハハハッ!」
 壊れた高笑いをしながらクローンクビキは何度もアーバインを踏みつける。
「くそっ、アーバイン、立つぞ、立ってくれ!」
 ハヤトが吼えるが、モニターには危険の文字が並び始めた。
「所詮、ガキはガキなんだ。お前らの存在は俺達がいて初めて成り立つ! 子供は大人しく、大人の言う事を聞いていればいいんだ」
「アーバイン! せめてあいつを殴らせてくれ!」
 白い機体が足を高く持ち上げる。アーバインの身体を砕こうという意思がみえて、ハヤトは奥歯を噛み締めた。
「安直で何が悪い、子供は何でも出来るって夢を持たなきゃ生きていけない! 心に剣を持っていないと生きていけないんだ!」
 聞こえて来た声はアヤキのものだった。
 アーバインのモニターがブースターを点火させて空を飛んでいるアヤキの機体、ギルティとレンの機体のファントムを映し出す。
「待たせたなハヤト。そいつぶっ飛ばすぞ!」
 キーボードを叩くアヤキに連動してギルティが背中につけていたロケットランチャーを構える。
「ちょ、ちょっと待てアヤキ! その距離で撃ったらハヤトにも……!」
「オレがそんなヘマするか! 発射―ッ!」
 ギルティのロケットランチャーが火を噴く。弾は真っ直ぐに白い機体へと向かい、見事に命中した。両手で防御したらしく、ロケット弾の威力に負けた白い機体の両腕は粉々になった。
「ハハッ、何の素材使ってんだか。一発で木っ端だぜ、木っ端」
 二人のユニットのモニターに映るアヤキはギラリと眼を光らせて怖い事この上ない。今のアヤキには絶対に逆らいたくなかった。
 腕を失った白い機体は棒立ちになる。
「ククク、わかっている。それでも私はオリジナルと、同じになれた。オリジナルと、同じ存在……同じ、私と、同じ、存在、ソンザイ……」
 不気味に呟く白い機体はアーバインに足を振り下ろす。
「がっ……!」
「ハヤト!」
「私は、この為に……それが私の――」
 それから白い機体は沈黙した。火の粉の爆ぜる基地から天を見上げる。
「何かまた嫌な予感がするな」
「パパッ! 聞こえるっ?」
 モニターに映し出されたティンクの姿にアヤキは返事をする。
「聞こえるぞ。どうかしたか?」
「変なエネルギーがそっちに……その白い機体に集まってる! たぶんこれ、熱源だと思うんだけど……」
「何っ、まさかあいつ、ここでもお決まりの手段に出る気かっ!」
「何なんだアヤキ、どいういう事だ!」
 疑問符を浮かべているレンを無視して、アヤキはハヤトの下に急ぐ。
「あいつ自爆する気だ! 元々ここをぶっ壊すのが目的なんだからそれぐらい……!」
 その言葉を聞いてレンもブースターを噴かした。アヤキに続いてハヤトの下へと急ぎ飛ぶ。
「アヤキ、レンッ――!」
『ハヤト――――!』

 眩い光が暗い空と海を照らした。

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