ザ、ザザ……ザザザ――――パパラパラッパッラパー!
 砂嵐から始まったその映像は突如、高らかなトランペットの音楽と共に開始した。
 映像の中ではアニメで描かれた、幼い身体に昆虫の翼を持った少女がクスクスと悪戯好きな笑顔で笑いながら飛んでいる。
 知る人が見れば、その少女はすぐに『妖精』という言葉で括られただろう。
 その妖精の少女が指をヒョイ、とやると映像がガラリと変わる。
 アニメでは無く、それははっきりとしたどこかを映している実写だ。しかしそれがどこなのかわからない。
 映りこんでいるのは『Sylpf』と書かれたロゴが印刷されている大きな布地の壁と木製の机。
 まるで大統領が緊急会見を開くような、しかしそれほど立派ではなく、簡易的に作られた記者会見場。そんな場所が映っていた。
 そこに小さな咳払いをして一人の少女が壇上に上がる。
 机の上に置かれたマイクを口元へやると、少女は笑顔で、しかしその瞳に計り知れない期待と決意、その他様々な想いを抱いて第一声を発した。
「やっとオレの――――オレの夢が始まりました」



 けたたましい緊急サイレンの音が鳴り響き、何人もの男達が赤いランプが点滅する廊下をひた走る。
 その中の一人、顔にびっしりと汗を掻いた髭面の男はコックピットエリアに踏み込むなり怒号を上げた。
「一体何事だ!」
 沸騰したヤカンのような表情の男を恐る恐る振り返りながら、オペレーターが小さな声で言う。しかしマイク越しの声はコックピットエリアに充分過ぎるほど響いた。
「の、乗っ取られました」
「乗っ取られた? 何をだ」
 まだわかっていないらしい男に業を煮やしたオペレーター達は声を揃えて叫ぶ。
『この戦艦をですよ!』
「なっ、なにぃっ?」
 この軍服に身を包んだ髭面の鈍感な男は、紛うことなくこの戦艦――『ドワーフ』の艦長である。
 月軍所属第三部隊大型宇宙戦艦ドワーフ。
 主に月の周回道を警備しているこの戦艦は今のところ違法船の取り締まり、トラブルの起こった船の援助などをする為に存在している。
 宇宙の旅が容易になった現在、軍隊はさながら警察と同じような仕事もするようになっていた。
 だが、よく考えればかなりの重武装な警察である。
「なぜだ、一体どうやってこのドワーフを……」
 信じられない、と呟く艦長の言葉にオペレーターが中央の巨大画面を切り替える。
 そこには『休んでてくだちゃいね、オジサマ達』とハートマークまでついているピンクの文字が浮かんでいた。
「――っ、どう言う事だ!」
 顔の血管が浮き彫りになった艦長は叫びと共に拳をパネルに振り落とす。
 叩き付けられた拳に鈍い痛みが走ったが、それよりも艦長の頭は怒りで一杯だった。
「他艦からのハッキングです。メインコンピューターを乗っ取られてこちらからは何の指示も出来ません!」
「メインコンピューターを乗っ取っただと……? 一体どこのどいつがそんな事を!」
 いくら怒りに頭を沸かせているとはいえ、艦長も艦長という名目を負っているのは伊達ではない。
 メインコンピューターにハッキングし、ましてやこの戦艦を乗っ取る事など、どれほどの偉業かすぐに艦長はわかっていた。
 自分がこの艦の艦長になってから今日まで一度だってこんな事態に陥った事は無い。
 こんな風に警鐘が鳴る事自体、今まで数度しかなかっというのに!
 その時、無言でキーボードパネルを叩き続けていた一人のオペレーターが驚きに眼を見開く。そんな馬鹿な、と小さく呟いてもいた。
 メインである戦艦システムを乗っ取られてしまった以上、まだこちら側が動かせるサブシステムで何とかするしかない。
 しかしサブシステムで出来る事はたかが知れている。それでもどこからのハッキングかを調査する事は出来た。
「か、艦長……」
「どうした!」
 手も足も出すことの出来ない状況に艦長は空焚きのヤカンとなっていたが、オペレーターは意を決して述べる。
 ――更にこのヤカンを猛火で煽る事になるとわかっていても。
「調査結果、間違いありません。ハッキングしてきているのは、シルフです!」
「シルフ……? シル――――、っ!」
 ――――――!
 シルフ、ただその一言にコックピットエリアに居た全ての人間が息を飲んだ。
 艦長も歯を食い縛り、鼻息を荒くしながらもう一度拳を振り上げる。
「シルフ――――子供に乗っ取られたというのか! 軍の艦が!」
「そのとーり」
 突如、コックピットエリアに甲高い女の子の声が響き渡る。
 それと同時に中央の巨大モニターに黒髪の少女の姿が映し出された。
 凛々しい形の眉に大きな黒い瞳、黒髪は男の子に見紛うほどのショートカットで、ニヤリと笑う表情は悪戯好きの子供そのものだ。
 年の頃は十七か十八くらいか、それでも歯を覗かせて笑う少女の姿はもっと幼く見える。
「なっ――」
 驚いて身体を引く艦長に少女は得意気にVサインする。
「ちょっと燃料もらってくよ。一応月に帰れるまでの燃料は残しておくけど、足りなくなったら後で回線で仲間呼んで助けてもらってくれよな」
「き、貴様等、こんな事をして許されると思ってるのか! これは略奪行為だぞ!」
 沸騰して唾を飛ばす艦長の言葉に少女は軽く首を横に振り、わかってないという風に大げさなアクションを取った。
 少女の長い長い溜息がコックピットエリアに染み渡る。
「月軍所属戦艦ドワーフは民間船を含め、非常時の船を助ける為にそこにいるんだろ? こっちは燃料無くて困ってんだからちょっとぐらいわけてくれてもいいじゃん。それにこっちは皆子供なんだぞーう? 大人から子供が取っても略奪にはなんないでしょうよ。トラブルの起こった船は助ける。月軍特例項目第百七十七条第四項にそう書いてあるじゃん」
 さも当然という余裕の少女の表情とは裏腹に艦長の顔は驚愕に揺さぶられていた。
「軍の、条項まで知っているのか……」
 少女の言う通り、軍には難破船や急患のいる船を助けなければいけないという特例が定められている。特に今は軍としての武力行使の為にドワーフは居るわけでは無く、少女が言うような船を助ける為にこの領域にいるのだ。
 しかしそんな条項など普通の一般市民が知っているはずもなく、軍が警戒と救助を行っているのを知っているのは船を動かす船長ぐらいなものなのである。
 ましてこんな、自分の娘とそれほど歳も変わらない少女が知っているはずがない。
 だが、この少女は“普通”とは少し違った。
「それにこの前、月に流星群が来た時手助けしてあげたじゃん。燃料ちょっとくれるだけでそれをチャラにしてあげんだから儲けもんだろ。もう少しで燃料補給が完了するけど、こっちが離れてから三十分は船動かせないようにしてるから」
 それじゃ、と少女はウインクし、中央モニターはまたハートマークのついたあの文面になった。
 艦長が忌々しげに歯軋りをし、拳を再度パネルに叩き付ける。
「くっそ……遊楽戦艦め――!」
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