さすがに建物内だと隠れる場所も多いが、それ以上に敵の数が多い。
 隠れると言う事を考えず、猪突猛進、敵を蹴散らして走れ! のモットーで三人は建物内を突き進んだ。
 ハヤトのトンファーが電撃を帯びて青白く光り、敵を次々に倒していく。銃を放とうとする奴が居れば、先にレンの雷撃銃が相手を感電させた。相手が固まってやってくればエリックの薬品カプセルが煙を出し、相手を涙と鼻水が止まらない症状にする。
 普段ならこんな戦闘自体した事がない三人だが、その息はピッタリだった。
 ハヤトがバランスを崩せばレンがフォローに入り、その二人に銃を突きつける男はエリックのメスの餌食になる。
 お互いをよく見て、必ず助けに入る三人の強さに太刀打ち出来る者はいなかった。
 建物内の廊下がボロボロになった軍人達で埋め尽くされようとしていたが、その廊下の先にあるエレベーターを見つけて、三人は飛び込んだ。
 元より敵に構っている暇など無い。今は一刻も早くアヤキを助け出してこの基地から脱出しなければ。表で一人囮役をしているコウタも心配だ。
 アヤキが居ると聞いた場所は建物内でも高階層の場所だった。
 身体に掛かる重力が消えて、扉が開く。
 そこは白一色で統一された、何となく眼の痛くなる場所だった。
「まるで無菌室だね。清潔感はあるけど……どちらかというと精神病棟みたいだ」
 防音壁で出来ているのか、エレベーターから繋がる廊下は一切の音が聞こえない。今表ではアーバインに乗ったコウタが暴れているはずなのにその音すらもここには届いていなかった。
「アヤキ! いるのかっ、アヤキ!」
 ハヤトが真っ先に飛び出して廊下の先へと走っていく。それにレンとエリックの二人も続き、廊下の先にある扉が開いた。
 そこは廊下と同じで真っ白な部屋だった。
 半円形になっている部屋の真ん中に診察台のようなものがあり、その上で人が一人寝かされている。
 三人が駆け寄り、眠っている人の顔を覗き込み、息を飲んだ。
「アヤキ…………」
 そこにアヤキはいた。
 身体には何も身につけておらず、上に被されているシーツからは白い肩と鎖骨が覗いている。顔は青白く、唇もピンク色ではあるが、その色はとても薄い。
 それにこの場所に寝かされている事もあって、三人がまず浮かんだのは死のイメージだった。
「ア、ヤキ……起きろよ、アヤキ!」
 ハヤトがアヤキの肩を持って揺さぶる。その顔は突然の事で何が何だかわからず、それでも必死にこの事実を否定している苦渋の顔だ。
 そんなハヤトをレンが後ろから押さえ、エリックに顎で差す。
「エリック頼む、アヤキを診てくれ! 暴れるなハヤト! 冷静になれ!」
 珍しく冷静さを失って呆然としていたエリックがレンの言葉に意識を戻し、早速アヤキの診察に入る。
 レンは暴れるハヤトを押さえながら、つい最近見た光景のデジャブを感じた。
 あの時もただの過労で大した事無かった。今度もきっとそうだ、大したことはない。
 アヤキは必ず眼を覚ます、また元気に笑って、俺達の所へ帰ってくる!
 やがてアヤキの身体を調べ終えたエリックは真剣な眼差しを二人に向ける。
「ど、どうなんだ、エリック。アヤキは……」
 エリックは何も答えず、またあの緑と紫に彩られたマーブル模様の注射器を取り出す。
 そしてそれをアヤキの腕に注射したのだ!
「なぁっ! エリック! お前何して……!」
「そんなものアヤキに注射したらマジで死……!」
 だがきっかり三秒後、死体のように眠っていたアヤキが突然ガバリと置き出した。
 ゾンビが起き上がったかのような動作にレンとハヤトが叫ぶ。
『ギャーッ!』
「……ここ、は……?」
「効いたみたいだね。やっぱり効能的に間違いは無かったか」
 空になった注射器を見てエリックが満足げに微笑み、アヤキに視線を向ける。
「どう、アヤキさん。身体のどこかに異常ある?」
「エリック……、いや、どこにも……あれ? オレ、どうして」
 あれほど動かそうとしていた石のような身体が今では羽根の様に軽い。指先まで自分の力がみなぎるのが分かる。
「僕特製の栄養剤だよ。まぁ、主な成分は秘密だけど」
 ニコリと笑うエリックにアヤキはキョトンとした顔をしたが、残ったハヤトとレンは腹の底から「なにぃっ!」と叫んでいた。
「見かけで決めちゃダメだよ。ただの栄養剤に皆あんなに引き攣った顔して……」
 再び思い出したのか、エリックの顔が邪悪な物になって黒いオーラを放つ。
「ってか、ここ……。何でお前らがここに? オレ、地球軍の基地に……」
 やっと思い出してきたのか、アヤキが身体を震わせる。それから今の自分の姿を見て、目の前にメデューサが現れたかのように石化した。
「きっ……!」
『き……?』
 シーツを握り締めて固まるアヤキを見た三人が、今更ながらに『あ』と気付いた。
「何で、はっ、はだ……! で……出てけっお前らあぁっ!」
 一瞬にして顔を真っ赤にしたアヤキがものすごい剣幕で叫び、男三人は慌てて扉の外へと出る。が、助けに来てなぜ外に出されてるんだろう、と冷静に思ったりもした。
 一人レンだけがアヤキの女の子らしい反応になぜかガッツポーズをしていたりしたが。
「何でこんな姿になってんだよっ、もう! つか、服! 服はっ!」
 白い部屋には服どころか診察台の他には身体に掛けられていたシーツ以外に何も無い。
 とりあえずそれを身体に巻きつけてからアヤキは外に出て行った三人を呼び戻した。
 まだ顔を赤らめたままのアヤキは三人を睨みつけながら手を出す。
「……服」
『は?』
「服よこせ! こんなカッコでいられるか!」
 長さがギリギリのシーツだと身体に巻きつけたら一応膝の辺りまでは隠れるものの、手を放せばすぐに解けてしまう。
 アヤキの言う事も納得できる三人はそれぞれに服を貸そうとするが、自分達が脱ぐと自分達も下着になる。
 そこでハヤトは着ているシルフのジャケットを、レンは悩みながらもアヤキの為だと着ていたツナギをアヤキに差し出す。エリックも何か、と思ったがアヤキがエリックはそのままでいい、と止めた。
「何でエリックだけ……」
「エリックはその姿じゃないと……それ以上脱いだら、オレが再起不能になる……」
 真顔のアヤキの言葉に全員が、何かを納得した。
 着替える間また部屋から出るように言われた三人はすごすごと部屋の外に出る。レンは一応中に半袖のTシャツを着ていたが、下着はトランクスだったので恥ずかしいのは恥ずかしいのが、ここを夏の浜辺か何かと思うことで気にしないことにした。
「お待たせ……さすがに、下着がないとなんだかな……」
 下着を着けずに着るツナギとジャケットにアヤキは不満な顔をしたが、それでも服が無いよりはマシだった。
 サイズの大きいツナギにジャケットを着てしっかり上までチャックを閉め、何とか素肌を見えないようにしたアヤキは気を取り直して三人に振り向いた。
「まぁ、助けに来てくれた事は礼を言う。でも、どうやってお前らここまで?」
 アヤキの言葉に三人は一度だけ顔を見合わせる。
「確かにアヤキには色々説明しなきゃいけないだろうけど、それより先にここから脱出しよう。コウタも気になるし」
「それもそうだな……って、コウタ? なんでコウタまで」
「説明は逃げながらしよう。早くここから出ないと、追っ手が来るよ」
「来ても蹴散らしてやるけどな!」
 トンファーを構えたハヤトが得意気に笑って、先頭をきって走り出す。
 それにアヤキ達が続いたが、アヤキはふと足を止めて今まで自分が居た部屋を振り返った。
「……? どうしたアヤキ」
「今、何時?」
 その質問に答えようとするレンが口を開く前にアヤキはレンの腕を取り、腕時計型の通信機を見る。
「何だよアヤキ」
「もう、こんな時間……あれから……」
 あのクビキという男に会った時、外では夕日が落ちようとしていた。今の時間を考えても簡単に三時間は越えている。
 あの男は、一体造るのに三時間だと言っていたはずだ。
「じゃあ、もう確実に一体はオレの……クローンが?」
 円筒形の柱の中に浮く自分の姿を想像して、アヤキは背筋を凍らせた。自分と同じ存在。
それがあのクビキという男の手の物になる。
「嫌だ、絶対に。それだけは! ハヤト、レン、エリック! お前ら先に帰れ、オレは寄る所がある」
「はっ? 今更何言ってんだよ」
「この基地には、あっちゃいけないものがある。それを野放しにしたら大変な事になる、このオレが!」
 そう言って先にエレベーターに乗り込もうとしていたハヤトを追い越してアヤキが先にエレベーターに乗り込んだ。
 何が何だかわからない三人もアヤキに続いてエレベーターに乗り込んだ。
 アヤキは迷わず地下へのボタンを押す。
「おいアヤキ! どういうことか説明しろよ!」
「ここの地下には人間の遺伝子研究施設がある。オレはその為にここにつれて来られたんだ」
 驚いて眼を見開いたのはエリックだった。さすがに医師としてシルフにいるだけあって、すぐにアヤキの言葉にこの基地の異常がわかったらしい。
 だがアヤキの言葉を聞いてもハヤトとレンは怪訝な顔をしていた。
「遺伝子研究?」
「あのね、今から十年前に人間の遺伝子研究は医学のみに許されて他の研究は一切しちゃいけない事になってるんだ。医学関係でやるにしても、必ず政府の監視の下に正式な申請を出して、政府の監視役を何人か研究所に置いて行わなければいけない。それらの規則を守らないと全て犯罪として認められ、有無を言わさず終身刑の実刑判決が下されるんだよ。これは宇宙に置いて決められた事で、地球外でもやれば犯罪。宇宙における大罪の一つなんだよ。っというか、そんな事も知らないの二人共」
 説明をし終えたエリックが二人に苦々しい表情をする。
 二人はハハハと乾いた笑いを漏らして、しゅんとうな垂れた。
「その大罪をこの宇宙軍の……それも一番最初に遺伝子研究の危険性を指摘した地球がやってるなんて。灯台下暗しとは言うけど、まさか軍が率先してやってるなんて思ってもみなかった。確かに政府と犬猿の仲の軍ならそれぐらいやってそうではあるけど、本当に、まさかだ」
 そしてその実験にまさか自分が使われようとは。
 アヤキは眉間に皺を寄せてエレベーターの文字盤を睨む。
 そして一階のボタンを押した。すぐさまエレベーターは一階へ止まり、静かに扉が開く。
 幸い、敵の軍人はいなかった。
「お前ら、コウタを連れてすぐに脱出しろ。それからはもう戻ってくるな」
「何言ってんだよアヤキ! 俺達お前を助け出しに来たのに!」
 ハヤトがすぐに反論したが、アヤキは三人を乱暴にエレベーターから追いやる。
「いいか、すぐにシルフに戻って非公開回線で政府に連絡してすぐに地球軍日本基地を調べるように言うんだ。遺伝子研究施設があると言えば、政府の奴等もすっ飛んでくる。そうすればあの野郎の鼻っ柱を木っ端微塵に事が出来るってもんだ。そうでなくちゃオレの気が治まらない!」
「アヤキさん……情報採られたの?」
 専門家の声にアヤキは正直に頷く。
「ああ。多分今頃、オレのクローンが出来上がってるだろう。どこまで中身が出来てるかはわからないけどな。けど、放っておいたらオレの姿をした別人でも、存在は全くオレと変わらない人間が面白半分に変態連中に売られる事になる……」
 アヤキの声は震えていた。恐怖からか、それともそれを通り越して涙が出てしまっているのか。
 心配したレンが一歩を踏み出したが……。
「許せるかそんな事! オレはオレで、オレだけがオレなんだ! でもオレと同じオレが変なオッサンとかに脂っこい眼で見られると考えただけで……! 絶対に止めてやるっ、何が何でも!」
 ドォンッ! とエレベーターの壁を叩き付けるアヤキの眼は怒りの炎で燃え滾っている。拳の周りの壁には細かくヒビが入り、辛うじて穴が開かなかった状態だ。
 その光景に三人はゾッとする。
 ハァハァと肩で息をするアヤキは全身から怒りのオーラを噴き出して戦闘レベルを極限まで高めているようだった。
「だ、だがアヤキ。そういう事なら俺達も協力するぞ。お前だけで行かせたら後でアヤキファンクラブの子達に怒られそうだし、それにお前を助けに来たのにこのまま帰れと言われても、なぁ?」
「そうだそうだ。悪い奴退治するなら俺達に任せろよ」
 苦笑しながらハヤトとレンが言うと、オーラを消したアヤキが首を横に振る。
「お前らは帰れ。すぐに。オレは後で帰るから――」
「どうやって?」
 冷静な声で言うエリックにアヤキは言葉を詰まらせた。
「どうせ、僕達を安全に帰す為に先に行けって言ってるんでしょ。けどそれ間違ってるよ。もうここまで来た以上、危険なのには変わりないし。ここに来るまでの方が危険だったんだから」
 アヤキは俯く。
 嬉しかった。助けに来てくれた事、助け出そうと頑張ってくれている事。
 でも相手は大人で、しかも軍だ。いくら頑張っても子供である自分達が大人達に勝てるわけがない。今までは勝っていたかもしれない。だけど――。
 頭に浮かぶ、クビキという男の顔。思い出しただけでも我が身を抱いてしまうほどの恐怖を感じる。
 あいつには勝てない。アヤキの勘がそう言っていた。
 だから巻き込みたくなかった。助けに来てくれたこれほどの仲間を、自分は一体どんな危険な目に合わせてしまうのか、それが怖い。何より怖い。
 シルフを創って沢山の人を巻き込んできたけれど、今更ながらに自分の事に他人を巻き込む恐怖を感じた。
「それでも、お前達は帰れ。これ以上はもういい。今までありがとう、だからもうオレに関わらないでくれ。このまま、さよならだ」
 気付けば、周りはいつも笑顔だった。
 シルフの大切な仲間。こんな自分について来てくれた沢山の友達。
 ――皆がオレの光の剣だ。
 エレベーターの閉のボタンを押す。
「そういえば、シルフを創るってアヤキから聞いた時もエレベーターの前で話したよな」
「その時に約束もしたよな。俺達三人でやるからには徹底的に、って」
「今は四人なんだけど、何それ僕だけ除け者にしたいってコト?」
 扉が閉まる瞬間、ハヤト、レン、エリックはそれぞれに手や足を扉の間に挟み込んでエレベーターが行くのを阻止する。
「お前ら……ダメだ、艦長命令だ! すぐに戻れ!」
 アヤキの言葉に三人は怒りの表情になった。
『嫌だ、戻らない!』
 異口同音の三人の怒号にアヤキはビクリと身体を竦ませ、その隙に三人はエレベーターへと再び戻った。
「例え艦長命令だとしても、それは聞けねぇな。俺達は軍じゃないんだ。それぞれが決定権を持って行動してる。大概アヤキの言うことは聞くが、これは聞けない。アヤキは間違ってるからな」
「そうだぞ。アヤキを助けに来たんだし、俺はアヤキがいないシルフに戻るのは嫌だ。お前が誘って、お前がやるって言った事なんだから最後までやれよ。俺達まだ自分達の必殺技とか言ってないし、全然シャイランザーになってないんだぞ。このまま終わっていいのかよ、お前」
「アヤキさんが僕をスカウトした時に約束したよね? あの約束を忘れたとは言わせないよ。その為に僕は頑張ってるんだから、僕の夢を叶える為にもアヤキさんは必要なんだ。アヤキさんが何と言っても、この二人がダメでも僕が連れて帰るから」
 三人がそれぞれに言って、ハヤトがアヤキに手を伸ばす。
「お前には俺達がいるんだから。お前何でも自分ひとりで背負い過ぎなんだよ。だから過労とかで倒れたり、そんな事を言ったりするんだ。ちょっとは俺達に言えよ、確かに役には立てないかもしれないけど、倒れる前から心配したり、もしかしたら少しは助けになれるかもしれないだろ?」
「そういう為の医療班として僕もいるわけだしね」
「俺もハヤトの考えに賛成だ。俺達は何の為にいるんだ? 最初に俺達の所へ相談した時は俺達の力が必要だったんだろ? シルフが出来たらもう俺達の力は必要ないのか、アヤキ」
 アヤキは小さく首を横に振ったが、すぐにそれは大きく横に振るものになる。
「ちがう……違うよ、オレはお前らをもういらないとか、そういうことじゃなくて……っ、お前らが心配なんだよ……皆がこれ以上どうにかなったらって思うと、怖くて……っ!」
 俯いたアヤキの身体は小さく振るえ、最後の方の言葉は涙混じりになっていた。
 ハヤトは伸ばしていた手を軽くアヤキの頭の上に乗せる。
「俺達は楽しい時だけの仲間なのか? 見くびるなよアヤキ。俺はそんな友達になんかなりたくないぞ。俺が辛くてどうしようもなかった時にお前は助けてくれたのに、今そうなりそうになってるお前を一人になんてしない」
 レンはもう一度エレベーターの閉のボタンを押す。
 扉が静かに閉まり、エレベーターは地下に向かって動き始めた。
「皆一緒に、シルフに帰る。それから飯食って、これからの事を考える。また楽しく宇宙に旅に出る。俺達の夢はまだ叶えてないんだからな」
 そう言って渋い顔で腕を組むレンだが。
「その格好じゃカッコつかないね、レン班長」
 トランクスにTシャツというレンの姿を冷静に見たエリックの一言に、暫く沈黙したエレベーター内では嵐が来た様に爆笑の渦が巻き起こったのだった。
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