日が落ち、迫ってきた夕闇が空を黒に染め上げる。
 闇に包まれた地球軍日本基地は黒い海に浮いた要塞になっていた。
 だが空には満天の星が散らばり、基地から海を見ればそれなりにロマンチックにも感じられた。
 その空に、赤い星が一点、急激に基地に向かいながら蛇行している。
 背中に付けられたブースターから勢い良く空気を吐き出し、ギラリと光るその瞳は怒りと喜びに満ちている、ように見える。
 巨大な人型の兵器、赤いユニットが猛スピードで基地へと走っていた。
 その手の平に三人、ギャーギャーと喚きながら少年達が必死にユニットの指に?まっている。
「ちょっと! どうにかならなかったのコレ!」
「仕方ねぇだろ! シルフで突っ込んだらいい的になっちまう!」
 中指に?まったレンに薬指に?まったエリックが叫び、そんな二人に通信機のイリュージョンモニターに映った少年が頭を下げた。
 その動作と同じように赤いユニットも頭を下げる。
「ギャーッ! やめろっ、アーバインはモーションセンサーで動くんだから無闇に身体を動かすな!」
「す、すみません! 班長!」
 ペコリ、とユニットが再度お辞儀する。
「だからやめろって言ってるだろ、コウターッ!」
「落ち着けコウタ。アーバインを信じるんだ」
 人差し指に?まっていたハヤトがイリュージョンモニターに映っているコウタに熱い視線を向ける。コウタはもう一度コクリと頷き……。
「コウターッ! 揺らすなーっ!」
「すっ、すみませぇんっ!」
「ああ、もうっ! だからジャンケンで決めるなって言ったのにーっ!」
 少年達の叫び声を撒き散らしながら、赤いユニットはどんどん基地へ迫る。
 この無謀な突貫作戦を思いついたのは意外にもレンだった。
 何としてもアヤキを助けたいシルフクルー一同だが、シルフで突貫すれば敵の総攻撃を喰らうのは眼に見えている。
 そこで陽動作戦という手に出た。まずアヤキを救出する少人数精鋭部隊を基地に送り込む。その時にユニットも同時に送り出し、一番最初に厄介なユニット格納庫を狙う。あらかたユニットを先に破壊してしまえば、性能的に有利なこっち側に勝機はあるのだ。
 しかしそこで少し問題があった。アヤキの専用ユニットである緑色の機体、ギルティ・チェインはアヤキが独自に改良を施してアヤキ以外ではまともに動かせない造りになっている。それはレンのユニットである青い機体、ファントム・バロンも同じだが、アヤキのそれに比べればモーションセンサーで動くレンとハヤトの機体は動かしやすいものだ。
だが、レンはどうしてもアヤキ救出の精鋭部隊の方へ入りたいし、知将として精鋭部隊に入った方がいいという声もあった。
そこで一番身軽で機動力のあるハヤトの機体であるアーバイン・フレームに白羽の矢が立ったのだが、ハヤトもアヤキ救出部隊の方に必要な戦闘員だ。ハヤトがいなくてはアヤキの救出も成り立たない。
この作戦はやはりダメかとレンは諦めかけていたのだが、何もユニットに乗らなくてはいけないのはシルフの三大権力者じゃなくてもいいのではないか、というエリックの言葉が掛かったのだ。
確かに一番誰にでも動かしやすいハヤトのアーバインならモーションセンサーで動くので誰にでも短時間で乗りこなす事は出来る。
そこで出来た問題が誰が乗るか、ということで。
 アヤキ救出作戦で、もしかしたらあのユニットに乗れるかもしれないという噂は瞬く間にシルフに広がり、集まってきたのは整備班の少年達だった。
 皆ユニットなどのロボットに憧れを持つ少年達だ。こんなまたとない機会を逃すはずも無く、皆我先にと志願してきた。
 もちろんレンはそれが危険な役である事、もしかしたら?まってしまうかもしれないという事を言ったが、それでも死ぬ前に一度はユニットに乗ってみたいという少年達の熱い思いに負けて、整備班の中からユニットに乗ってもらう人を選ぶ事になった。

 ――――公平にジャンケンで。

 今まで見た事が無い、侍が真剣で勝負するような壮絶なジャンケン大会は後のシルフで語り継がれる事になる。
 そしてこの勝負を制したのがオオヤマ・コウタという少年だった。機械大好きは当たり前、その手先の器用さはレンも舌を巻くほどで、班長であるレンに憧れを持つ。年の割には成長期前の身長でそれをコンプレックスにしているが、とても心の優しい少年だ。
 その身長の低さから少しアーバインに改良を加えたりもしたが、作戦に参加出来るコウタは喜んでアーバインに乗り込み、作戦は決行されたのだった。
「アヤキさんならもっといい作戦を思いついただろうに……ウプッ」
「わーっ、吐くなよエリック! ユニット汚したら後で見るのは整備班なんだからな! コ、コウタ、もう少し真っ直ぐ飛んでくれ!」
「そ、操縦って思ったより難しいんですよーっ!」
「コウタ、アーバインを怖がるな。アーバインは友達だ。アーバイン大好きだろ?」
「いえ、どちらかというと班長が乗ってるファントムの方が……」
「…………アーバイン」
「あ、あれ? 出力が落ち……」
『ギャ――――ッ!』
 ちょっと残念そうに肩を落とした赤いユニット、アーバインはそのまま基地へと落ちていく。
 基地へと落ちたアーバインはブースターを再点火させて、地面に降り立った。
 暗闇から突然現れたユニットの出現に軍は驚きながらもすぐに戦闘態勢へと入る。
「よーしっ、作戦開始だ!」
「コウタ、手順はわかってるな! まずはユニット格納庫、それからは軍の奴等を出来るだけ引き付けてくれ!」
「了解です! 班長達も気をつけて!」
 身を屈めたアーバインからハヤト達が飛び降り、基地の中を敵に見つからないように慎重に走っていく。
 コウタは言われたとおり、頼りない足取りでユニット格納庫へと向かった。


「リナちゃん、アヤキが居る場所をナビゲートしてくれ」
 腕時計型の通信機に向かって言ったレンにリナがすぐさま対応する。
「そのまま真っ直ぐ、基地内の一番大きな建物の中です」
「了解だ。行くぞ、ハヤト、エリック」
 二人は静かに頷いて、先頭を走るレンに続いた。
 アヤキがいるであろう建物は山の様な形の曲線で出来た建物だった。
 正面入り口が大きく口を開き、ユニットが他の所で暴れているせいか、警備は少ない。
 だが正面入り口には二人の軍服を来た大人が立っていて、騒ぎに乗じて動く気配は無かった。
「どうしたもんかね」
 建物前にささやか程度に造られた庭の茂みからレンが呟く。
 だが、身を隠していると思っていたハヤトが気付けば正面玄関に向かって突進していた。
「なっ、ハヤト!」
 その隣では同じ様にエリックも正面玄関に向かって走っている。
「エリックまで! あいつら……!」
 慌てて飛び出したレンだが、玄関を守る役目を負う二人の男が突貫してくるハヤトとエリックに気付いて、持っていた長い警棒を構える。
「アヤキを返せえぇっ!」
 叫んだハヤトは腰に挿していたトンファーを取り出し、両手に構えて一人の男と対峙する。
 反対にエリックも長い白衣から磨き上げられたメスを何本も指の間に挟み、残った男に対峙した。
 勝負は一瞬だった。
 警棒を振り回す男にトンファーを構えたハヤトは流れるような動きでそれを避け、片手のトンファーで警棒をあしらった後、もう片方のトンファーを男の腹へと叩き入れ、トンファーに付いていたスイッチを押す。
「ぎゃががががががっ!」
 男は変な叫び声を上げて口から泡を吹き出し、倒れた。
 一方、エリックは涼しい顔をして男に向かってメスを投げ、それを避けようとした男に向かってもう一本メスを投げる。
 顔に向かって飛んでくるメスを避けられない男は手に持っていた警棒でそれを弾いた、と思ったが、これ以上ないぐらいに磨き上げられた鋭いメスは警棒に突き刺さっていた。
 そこへゆっくりと、メスを持ったエリックが横から現れる。そのメスは男の首筋に向けられ、距離は一センチも無い。
「あ、あ…………」
「顔に何かが飛んでくるという視覚情報はほとんど無意識に眼を閉じ、反射的に避けるか防ごうとしてしまうんだよね。だからそこに、隙が出来る」
 エリックは恐怖で引き攣った顔の男にメスを向けたまま邪悪に笑った。
 そんな二人を見て、レンが口の端を引き攣らせる。
「ハ、ハヤト。エリック……」
「おう、レン。すげぇな、お前の作ったこのトンファー。雷撃トンファーだっけ? ちょっと当てただけで気絶したぞ」
 いや、最初に一撃入れていた時点でもう決着はついていたが、とレンは思う。
「アヤキさんの緊急事態だし、急がないと。まぁ、シルフの医療班としてこれぐらいできないとね」
 いや、普通医療班はメスを投げたりしないし、どうやってそんな正確無比な投げ技が出来るようになったんだ、とレンは引き攣った顔を傾げる。
 それ以上に顔を引き攣らせているのが、メスを首元に突きつけられた男だ。
「き、貴様等何者っ!」
「勝手に口を開くことは許さない。それに仲間を呼ぼうなんて考えない事。僕の言う事聞けなかったら、コレ入れちゃうよ?」
 エリックが邪悪な笑みを浮かべて白衣から注射器を取り出す。それは以前レンに突きつけた物と同じ緑と紫のマーブル模様。
 一般的に見てもそれはヤバイとわかるらしく、男は口を塞いで何度も頷いた。その様子を心の底から喜んでいる悪魔のエリックにハヤトとレンが同時に小さいアヤキがいる、と感じる。
「さて、それじゃあアヤキの居場所を吐いてもらうか」
「嘘を言ったりしたら、どうなるかわかってるよね……?」
 ニタリと哂うエリックに命の危険を感じている男は恐怖で身体を震わせながら何度も頷き、簡単に居場所を吐き始める。
 その様子を見ながらエリックに来てもらったのはあながち間違いではなかったな、と思った。
 最初、アヤキ救出部隊に志願したエリックを二人は足手まといだと思ったのだ。
 医者の腕としては確かだが、戦闘能力的に見て、いや、運動能力からしてもエリックはレンにすら劣ってしまう。
 その事を知っていた二人はシルフに残るように勧めたのだが、もしかしたらアヤキが酷い怪我を負っている、または何かの薬品を使われているかもしれない、というエリックの声と、やはりあの注射器に脅されて渋々エリックの同行を許した。
 だが、そのエリックがまさかこれほどの戦力になろうとは、ハヤトもレンも思ってもみなかった。こんなエリックを見たらアヤキは跳び上がって喜んだだろう。
「わかった。そこで間違いないんだね?」
 忠実に首を振る振り子の男は口を閉じたままエリックに眼差しを送る。
「行こう、二人共。聞いた話じゃアヤキさんはかなりマズイ状態みたいだ」
「おう、急ごうぜ!」
「建物の中にも敵はいるはずだ、気合入れて行くぞ」
 姫を助けに行く三銃士のように、ハヤトとレンとエリックはそれぞれに武器を手にして建物の中へと走った。
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