助けを待つお姫様なんてガラじゃない。
 アヤキはそう思いつつも、泣きそうになりながら横たわっていた。身体の自由は利かない。言葉も発する事が出来ない。だから泣けなかった。
 ただ考える事だけが出来た。それでも何かを考える気は起きなかった。
 ああ、自分はこのまま終わってしまうのだ。夢も叶えられないまま。
 折角持てた夢を実現させようと努力していたのに、それも無駄になってしまった。
 皆を巻き込んでまで叶えたいと思っていた夢なのにもう無理になってしまった。
 ――師匠、ごめんなさい。何でも出来るって教えてくれたのに、オレ、何も出来なかった。
 ふと思い出す。
 小さい頃、まだハヤトともレンとも出逢う前。当時五歳のアヤキは一人の男に逢った。
 天才と呼ばれるアヤキはその頃から世の中の仕組みを理解していたし、自分が天才と呼ばれる理由もわかっていた。
 周りの子と比べても自分はもうかなり進んだ所まで勉強も出来たし、パソコンだって使えた。どんな運動だって難なくこなせたし、自分に期待する大人の心情もわかっていた。
 だが、それだけだった。
 何でもこなせるが故に何にも固執しないアヤキは五歳にして無感動、無表情な子供だった。子供なのに中身は大人と変わらない。そんな自分の事でさえ理解していたアヤキは何にも興味が持てなかった。
 自分は確かに人より何でもよく出来るかもしれない。だが、自分がやらなくたって誰かがやるし、自分がやったとしてもそれは一時的なものでしかない。
 死んだらそれまで。幼いアヤキは死も理解していた。
 だからこそ、自分が今生きている間はとても短く、その間に何をしても、何もしなくても変わらないのだという事をアヤキは感じていた。自分はいても、いなくても同じだ。天才でも、そうでなくても、この世界の長い時間で考えればそんなもの何の意味も無い。
 これが当時五歳のアヤキの思考だった。
 だがそんな事を考えていると両親が知ったらと考えて、アヤキは仮面を被り続けた。子供らしく振舞い、周りの大人にこの考えを悟られないようにと務めた。
 必死に自分の心を隠し続け、ただ毎日をどうしようもなく生きていたアヤキだったが、それも限界に近づいてきていた。
 ああ、自分は精神病にでもなるかもしれない、と考えて気分転換に出た散歩でアヤキはそれからの人生を左右する重要な人に出逢った。
 春の公園。桜が満開になり、それが落ちて蒼い葉が出始めていた頃、アヤキは公園のベンチに座って一人で空を眺めていた。
 暫くすると一人の男が溜息混じりにベンチに座り、手に持っていた缶ジュースのプルトップを開けて飲み始める。
「桜、もう終わりだね」
 男の呟きをアヤキは無視した。
「満開な頃に花見しようと思ってたけど、締め切り近くて出来なくて……ああ、やっと見れたと思ったのに、ほとんど散っちゃって」
 男は構わずジュースを飲みながら独り言を続ける。
「もう夏かぁ。海に行って泳ぎたいけど、それも出来るかなぁ……はぁ」
 大きく溜息を付いた男はチラリとアヤキを見た。
「悩み事? えらく寂しそうな顔してたけど、友達とケンカした? それともお父さんか、お母さんに叱られた?」
 無視していたはずなのに、アヤキは奥歯を噛み締めた。
 何故放って置いてくれない? どうせわからないくせに! 今言った理由だって本当に子供染みたものばかりで、そんな風に考えているあんたには絶対にわからない!
 それに、私は、寂しそうな顔なんてしてない!
「放って、おいてよ……」
「え……?」
「放っておいて、って言ってる! どうせわかりもしないくせに!」
 アヤキの叫びに男は少し驚いて、それから首を傾げた。
「そりゃわからないだろう。君は何も話してないんだから」
 さも当然という男の台詞にアヤキはそれなら、と思った。
 どうせわかりはしない、言ったらどういう反応をするかも予想がついてる。それなら言ってやろうじゃないか。
 期待なんてあるはずがなかった。
 ――――。
「…………」
 早口で、自分が思っていることをまくし立てた。お前にはわからないだろう、と何度も言った。子供が知らないような言葉も使って、大人でもわかりにくいような単語を使った。息切れで肩を上下させるぐらいに、アヤキは叫び続けた。
 やがて全てを言い切ったアヤキは嗚咽交じりにボロボロと涙を零していた。
 話したからといって何も変わらない。それどころが余計に胸が痛くなるだけだった。
 暫く息を整えていると、男は思い出したかのようにジュースを飲み始めた。
 どうせ子供のクセに、などと言ってここを立ち去るんだろう。それか、ほとんど言葉をわからずに適当に流すだけか……。
 予想が付いていた男の姿を見る前に、アヤキは立ち去ろうとベンチから立ち上がる。
「――――それで、いいの?」
 静かに、男の声が響く。後ろからの風が吹く中、アヤキは振り返った。
 男は、優しく微笑んでいる。
「君は、それでいいの? この世界は確かに、君一人が何かをしたって早々変わるものじゃない。でも、世界は変わる事を望んでいるわけじゃない。世界は僕達のような人間を生かす為にあって、それによって変わる事を要求したりしていない。君は何もしなくていいって言うけど、そうじゃないよ。世界は僕達が変わる為にあるんだ」
「…………」
「好きに生きていいんだよ。世界はその為にある。世界の為とか、誰かの為とかじゃなくて、自分の為に生きなくちゃ。そうでなくちゃ、折角生まれてきたのに損だよ? したい事をすればいいんだ。誰も君を怒ったりしない。皆そうなんだから」
「で、でも……」
 男はベンチから立ち上がり、飲み終えたらしいジュースの缶を置いてあったゴミかごへ放り入れた。
「どんな時でも、心の中にある光の剣を失っちゃダメだ。自分の中にある光さえ失わなければ全て上手くいく。――君はまず、その剣を探す事から始めないとね」
「光――? 剣――?」
 頭の上に疑問符を浮かべるアヤキに男はニコリと笑って頷いた。
「そう。光の剣。出来れば、今度ゲームショップをチェックして欲しいな。シャイランザーっていうタイトルで多分、ゲームが発売されるから。よければ是非」
「シャイランザー……?」
「うん。――あ、まずい! もうこんな時間か、そろそろ戻らないと打ち合わせに遅れる! それじゃあね」
 そのまま、男は大慌てで走って行ってしまった。
 アヤキはその後姿を眺めながら、男が言っていた言葉を思い返す。
 ――好きに生きていいんだよ。自分の為に生きなくちゃ。
「したい事を、する為の世界……」
 そんな風に考えた事が無かった。だから、すごく悩んだ。
 自分は一体何をしたいだろう。何をしたくて生まれてきたんだろう?
「光の、剣か」
 不思議な事に、それまで感じていた漠然とした重さも、胸の痛みも綺麗になくなっていた。
 暗い、深い闇の中から救い出してくれた言葉。
 それは本当に光の剣のように、輝き始めているように感じた。
「それにしても、変な人だったな」
 そう言って、クスリとアヤキは笑った。

 それからアヤキは自分が何をしたいのかを考え、その夢を考えている最中にゲームショップでシャイランザーというタイトルのゲームを見つけた。
 足繁くゲームショップに通っていたアヤキは早速シャイランザーをやり始め、結果、ものすごくハマってしまったのである。
 そしてそれが、アヤキが光の剣を見つけた瞬間だった。
 夢という光の剣を手に入れたアヤキはそれ以来、あの時公園で出逢った男を師匠と呼ぶようになったが、この出会い話はアヤキの心の内だけに秘められている。
 大切な出会い、大切な思い出。この時、師匠に出会わなかったら今の自分は無いだろう。

 ――だけど、師匠。オレはもうここまでみたいです。
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