シルフ収容地下ドッグ。
中々戻ってこないアヤキを探しに行ったリナが砂浜で倒れているレンを見つけ、レンはシルフの医務室へと運び込まれた。
 ようやく気がついたレンが口にする言葉はシルフのクルーに衝撃を与えるには充分だった。
 全てのクルーがシルフのコックピットエリアに集まり、レンの言葉が本当なのか確かめる為に詰め寄る。
「ああ、本当だ。アヤキがワケのわからんオッサン達に連れて行かれた!」
 今まであまり怒りを面に出した事のないレンの態度に皆が真実なのだと確信する。
 アヤキファンクラブの女子が気を失って倒れたりする混乱の中、ハヤトがレンの襟を掴みあげた。
「何でだ! 何でアヤキが攫われるんだよ!」
「アヤキがシルフの責任者だからだろ! それぐらいしかアイツが攫われる理由思いつかねぇよ!」
 激しい剣幕でお互いを掴み合う二人を整備班の少年達が止める。
「止めてくださいハヤトさん!」
「班長も落ち着いて!」
 ハヤトはやりきれなさか、レンに殴りかかろうと暴れる。
「チッ……そうだよな。俺じゃなくてお前がアヤキの傍にいれば、アヤキが連れ去られなくてすんだかもな。俺はお前みたいに喧嘩に強いわけじゃねぇもんな」
 レンの呟きに益々ハヤトが暴れだす。
「何言ってんですか班長!」
「お前がついていながら、って言いたいんだろ! 情けないヤツって言いたいんだろ! 言えよ! 女一人まともに守れないヤツって……」
 ――パンッ!
 激しくまくし立てるレンの叫びは乾いた音で止まった。
 眼に涙を浮かべたリナがレンの頬を叩いたのだ。
 普段大人しいリナの大胆な行動にその場に居た全員が固まる。
「気持ちはわかりますけど、落ち着いてください。レン班長は悪くないです。レン班長が悪かったら私はどうなるんですか……? 元はと言えば、私がちゃんとデータを整理してなかったから、アヤキさんは外に出たんです。私がちゃんとしてたら、アヤキさんは……」
 泣くのを我慢してリナは唇を噛む。それでも止められない涙が頬を伝い、リナは俯く。ハヤトも暴れるのを止め、拳を固く握った。そして握った拳を暫く見つめた後、静かに口を開ける。
「助けに行こう」
 コックピットエリアに響いた声に皆が顔を上げる。
「助けに行こう、アヤキを!」
 皆の賛同を仰ぐようにハヤトが吼えるように言う。
「助けにってどこへだ。相手が誰なのかもわからないってのにどうやって助けるんだ。もしかしたらもう宇宙へ出てるかもしれないんだぞ」
 静かに反論したのは俯いたままのレンだ。
 その言葉に全員がざわつき始める。
 アヤキを連れ去るのを見たのはレンだけ。そのレンも相手が誰なのかわからない。
 アヤキが着けている通信機は場所を教える発信機もついているが、その情報解析プログラムはシルフを地下ドッグに収容した時にアヤキがロックをかけてしまっていた。プログラムを起動させるにはアヤキが指定したパスワードを解かなければならないのだ。
 通信機も使える事は使えるが攫った男達がもう取り上げているかもしれない。それにこちらから通信信号を送ったら通信機の存在を知られてしまうかもしれない。発信機も兼ねている通信機を発見されてしまえばアヤキの居場所は永遠にわからなくなってしまう。
「くっそおぉ! でもアヤキを見捨てるわけにいかねぇだろ! こうなったら地球の隅々、宇宙だってあいつ探しに行く!」
「だからどうやって。シルフを動かすのにもアイツがいなきゃ……宇宙にも行けねぇ。俺とお前じゃアヤキみたいに軌道計算はできねぇし、第一シルフを動かすプログラムが……」
 何かに気付いたようにレンが顔を上げる。
「そう、か。そうだよ! すっかり忘れてた!」
 徐々に顔がいつものレンに戻り、コックピットエリアからレンは走り出て行こうとする。
「オペレーターは何とかしてアヤキの情報解析プログラムのパスワードが破れないかやってみてくれ! 整備班はユニットの整備! 他は残った荷物の運び込みだ! 大急ぎ!」
 出て行く直前にレンが叫び、命令された各自が慌てて動き出す。
 ハヤトは出て行くレンを追いかけ、二人はシルフの廊下を全力疾走する。
「何だ、どうしたんだよレン! やっぱり助けに行くのか!」
「ああ、タブンな!」
「たぶんってどういう事だよ!」
「お前もすっかり忘れてただろ。俺達三人はお互いにやりたいって言ったから艦長、ユニットのパイロット……自分のやりたい役職をやってる。それでもやっぱり出来る事は違ってる。アヤキは艦長とシステム、俺は艦の整備、お前は戦闘員。結局自分が一番出来る役職についてる。だから忘れてた」
 顔がいつものように笑みに戻ってきたレンが行き着いた場所、そこはシルフにあるアヤキの部屋だった。
 怪訝な顔をしてハヤトもレンに続いてアヤキの部屋に入る。やっぱりあまり物を置くのが好きではないらしいアヤキの部屋は殺風景で、飾りと言えば壁に貼ってあるシャイランザーのポスターぐらいしかない。
 レンはアヤキのデスクの周りで何かを探し始める。
「何だよレン、何探してんだよ」
「やっぱ、お前は綺麗サッパリ忘れてるみたいだな。俺達が艦長をしたいって言ってもそれは出来ないってわかってた。だからアヤキが俺達専用のプログラムを作っておくって言ってたんだよ。それさえ見つかれば俺とお前でもシルフを動かす事が出来る、はずだ。たぶん簡易プログラムだろうけど、オペレーターの子達に頼めばアヤキを探しに行くぐらいは出来る!」
「あー、そんな事言ってたような、いないような……とりあえずそれを探せばいいんだな!」
「ああ。アヤキがちゃんと作ってればの話だけどな。でも、あると思う」
 二人はアヤキのデスクをひっくり返し、片っ端から調べていく。デスクの引き出しはほとんど書類やシルフのデータが入っているであろうディスクばかりで、それらしい物が見当たらない。
 そして一番下の引き出しをひっくり返した時だった。奥にしまわれていた箱が落とした拍子に開き、そこから掌サイズの本と緊急時用プログラムと書かれたディスクが出てきた。
「お、おい。レンっ、これ」
「ああ、たぶんソレだ。ほら、“マル秘、アヤキが教えるプログラム解説書と使用方法”だとさ」
 確かに箱にディスクと一緒に入っていた本には目立つようにそう書かれてある。
 レンは本の表紙を開き、見出しに書いてある文字を読み上げる。
「本解説書はシルフにおいて緊急事態が発生し、システムを書き換えなければならない時に使用するプログラムを解説するものである……尚、これが使われる事態は艦長であるアヤキがいない時と推測する。……つまり、これ読んでるのはハヤトかレンだよな」
 突然書かれている文章はアヤキの普段の会話のようになっていた。
 これをどういう時に誰が読むのかアヤキにはわかっていたのだ。
「これを探しに来たって事は俺はそこにいないんだろう。俺が居ない時なんて色々想定できるからわかんねぇけど、とりあえずこれを読んでるって事は俺無しでシルフを動かしたいんだろ。その為に作ったプログラムだからな。けど、俺が死んだ時はこのプログラムを使ってシルフを動かさないで欲しい」
「はぁっ? ちょ、ほんとにそんな事書いてあんのかよ!」
 アヤキの文章を読んでいただけのレンに突っかかり、ハヤトが本を奪い取る。
 しかし確かにそこには自分が死んだ時の事を考えたアヤキの言葉が書かれていた。
 レンがもう一度本を手に取り、続きを読み上げる。
「これは簡易プログラムだから本格的にシルフを動かせるものじゃない。そんな状態で宇宙になんか行ったら予想外の事態に対応出来ずにシルフに乗ってる皆を危険に晒す事になる。もし俺の願いを聞いてくれるなら、シルフを降りてシルフの事は忘れてくれ。そして、シルフを壊して欲しい。俺の夢に付き合ってくれた皆には悪いけど、俺が考える限りそうした方がいいと思う。最後まで自分勝手でごめん。皆、ハヤト、レン――ありが、とう」
 アヤキが残した最後の言葉、今はまだアヤキが生きているから実質最後ではない。でも、これがアヤキが最後に思っていた願いとは二人も思わなかった。
 シルフに乗って自分の夢の後を継いでくれ、そう思っているならまだわかる。
 だが実際にアヤキが思っているのは二人とは逆の考えだった。
「何だよそれ……」
「このプログラムは地球地下ドッグまでの自動操縦プログラム、そして手動プログラムの二つが入ってる。状況に応じて使ってくれ。くれぐれも無茶はするなよ」
 そこまででアヤキの言葉は終わっていた。あとはプログラムの説明がびっしり書き込まれている。
 一度本を閉じ、レンは顔を上げた。
「アヤキを助けに行くってのは、無茶の内に入ると思うか? ハヤト」
「……入らない。それにシルフを壊せとか何とかってアヤキが死んだ時の事だろ? 今はアヤキが連れ去られてここにいないだけだ。アヤキを助けに行くぐらい無茶しなくても出来るって!」
「ホント、お前って単純だよな」
 だがハヤトの単純さは時には何よりも力強い道しるべになる。
 レンはディスクと本を持ってコックピットエリアに走り戻る。ハヤトも追いかけ、二人はコックピットエリアへ戻った。
 そこではオペレーターの子達が必死にプログラムのパスワードを調べている。
「あ、レン班長! 荷物の積み込みあらかた終わりました!」
「ご苦労さん。あとはアヤキのパスワードか」
 荷物の積み込みをしていたクルーに感謝の手を挙げ、レンが中央のモニターを見つめる。
 オペレーターの子達はそれぞれにブロックを破ろうと試みるがどの言葉も跳ね返される。
「くっそ、あいつパスワードに何の言葉入れたんだ!?」
 ハヤトがパスワードが違いますというモニターを憎々しげに睨む。
 プログラムを書き換えるディスクもこのパスワードを解いてロックを解除しなければ使えない。緊急用のプログラムを使ってシルフを動かす事も、アヤキの居場所を突き止めるのもこのロックを外さなければ出来ないのだ。
「ダメです! 思いつく限りアヤキさんの周りの言葉を入れてみたんですけど……どれもパスワードじゃありません!」
 キーボードを叩いていたリナがまだ涙の滲む瞳で二人を見上げる。
「名前、生年月日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、スリーサイズも違いますね」
 そう言って同じように振り返ったのはアヤキファンクラブ会長のレイカだった。レイカもアヤキの事が心配なのだろう。普段怖いと言われる冷たさのある表情が不安げな影に包まれている。
「うーむ、アヤキファンの子達でもパスワードはわかんねぇかぁ。あ、シャイランザーは? シャイランザーは入れてみたか?」
 レンが思いついたようにそう言ったが、リナが首を横に振る。
「最初に試しましたよ。この船に乗ってる皆、シャイランザー好きですし、アヤキさんもシャイランザーマニアって皆わかってますから」
「シャイランザーでもないって……あとあいつの思いつきそうな言葉……」
 うーん、と二人は手を顎に当てて思案する。
 何かあるような気がする。アヤキの傍にいたのは俺達なんだから、俺達がわからないはずがない……!

『これ? ああ、シャイランザー! カッコいいだろ? お前達もきっと気に入るって! 俺のヒーローなんだ』

『あ……』
 二人が同時に顔を上げる。そして顔を見合わせ、顔が笑い顔になっていく。
『俺の心の光の剣、それはどんな深い闇にも負けない!』
「それって……シャイランザーの名シーンで主人公が言う……」
 二人の同時の叫びにリナが驚き、レイカがその言葉がなんなのかを思い出す。
「そうだ、アイツが一番好きなシャイランザーの台詞。あいつシャイランザーごっこする時絶対言ってたからな」
「そうそう。俺達をボッコボコにしてソレ叫んでたよな」
 リナが戸惑いながら今の台詞をパスワードに入力する。すると、パスワード承認の画面が現れ、プログラムが起動した。
 コックピットエリアにいたクルー達が感激に沸き返る。
「よし、プログラム起動出来たな。すぐにアヤキの場所を調べてくれ!」
 レンの言葉にリナが急いでアヤキの場所を割り出す。
「アヤキさんは……え?」
 画面を見たリナの手が止まる。ゆっくりと振り返るリナの顔は青くなっていた。
「あ、アヤキさん……今、地球軍の日本、基地に……」
「軍? 何で軍の基地なんかに」
「馬鹿ハヤト。軍の奴等だったんだよ、アヤキを攫ったのは!」
 アヤキを連れ去ったのが地球軍、あまりにも強大な相手に全員が息を飲む。
「俺達が何かしたのかよ! 何で軍がアヤキを攫うんだ!」
「気に喰わないんだろ、俺達が。燃料とったりするのが鬱陶しいし、軍か……最悪、シルフを奪おうとしてアヤキを攫ったのかもな。しかし、アヤキ助けに行こうと思ってたのに相手はよりによって軍かよ」
「関係ねぇ! 軍だろうがアヤキ連れてった悪人だ!」
「軍相手に戦うつもりか!? 相手は人間なんだぞ、それに俺達だって無傷じゃすまない。警備も半端じゃねぇだろうから侵入して助けるのも無理、ユニット使って基地に行ったってたかが知れてる。俺達のユニットが軍より性能がよくても向こうは基地、本拠地だ。数が多すぎる。ヘタしたらアヤキを人質に取られる可能性もある。そしたら終わりだ、シルフを奪われて俺達は殺されるかもしれない」
 今までこんな事を予想したこともなかった。
 ただ宇宙に出る事を、誰かの役に立てる場所を探していたはずなのに、どうしてこんな事になっているんだろう。助けたい人を助けようにも相手は軍人、もしかしたら誰かが死ぬかもしれない。死なせてしまうかもしれない。
 どうすればいいのか、わからない。
「助けに行くんじゃないのか? 助けたいんじゃないのかよレン!」
「助けたいに決まってるだろ! でも――」
「じゃあ助けに行けばいいじゃねぇか。少なくとも俺は行く。お前が行かなくても。誰かを傷つける事になっても、アヤキ助ける。あいつがいないままで……このままでいられるかよ!」
 ハヤトが艦内放送のスイッチを入れてマイクに向かって叫ぶ。
「これからシルフでアヤキを助けに行く! でも、相手が軍人だってわかった。シルフは頑丈に出来てるけど向こうは軍基地だ、ただじゃすまないと思う。それに軍に喧嘩を売ったらこれから先どうなるかわからねぇ。でも俺は行くって決めた! だから各自で決めてくれ。俺と一緒に助けに行くか、行かないか……無理強いはしない。準備出来次第シルフは発進する、降りたいヤツはそれまでに地上に戻ってくれ」
 そう言って、もう一度ハヤトはマイクを切った。
「馬鹿。俺が言った事聞いてるのかよ」
「難しい事はわかんねぇ。俺はアヤキを助けたいだけだ。アヤキの奴軍なんて大ッ嫌いなんだから、早く助けねぇとどうなるかわかんねぇし」
「あーあ。ったく。俺ももう難しい事考えたくねぇや。やっぱりこういうのは俺には向かねぇ」
 呆れてレンが苦笑し、プログラムディスクをパネルについている挿入口へ入れた。
 イリュージョンモニターに緊急用プログラムと浮かび上がる。
「俺も行く。もうどうにでもなれだ。何かしてねぇと頭おかしくなりそうだぜ。それに喧嘩売ったのは向こうが先だ。俺達相手にするのがどれだけ馬鹿野郎のする事かこうなったら思い知らせてやるか」
 笑ったレンにハヤトが同じように笑いかける。そこへリナとレイカがやって来た。
「私達も行きます。アヤキさんを助けに。今シルフを降りてもずっと後悔しそうで……。それに軍相手に戦うなんて、ビッグイベントじゃないですか」
 ニコリ、とリナが天然の笑顔で笑い、レイカが苦笑する。
「班長! 俺達も行きますよ!」
 コックピットエリアの扉が開き、そこからシルフのクルー達が次々に入ってくる。
 皆照れくさそうに笑い、やる気に満ちた瞳で二人を囲む。
「誰も降りませんよ。皆この船気に入ってるし、このシルフを創って、俺達を乗せてくれたハヤトさんレンさんアヤキさんには感謝してるんです。それに危険なんて最初っからじゃないですか。宇宙なんて半端な覚悟じゃ行けませんよ」
 その場の全員がうんうん、と頷く。
「おーぉー、この船も乗ってるのはホント馬鹿ばっかりだな!」
 レンが周りを囲む皆を見て照れ笑いになりながら言い、ハヤトが顔を輝かせて握り拳を振り上げる。
「よっしゃー! んじゃ行くかぁ、俺達の艦長を助けに! 題して、アヤキ艦長救出大作戦! 開始だぁっ!」
 全員の吼えるような賛同の声がコックピットエリアに響き渡ったのだった。
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