アヤキが突然倒れた事によって急に熱が冷めてしまった帰還パーティーは惜しむように食堂で続きが行われた。
 元々まだ出すはずだったスナック菓子やデザートが食堂にあったので、それを食堂で振る舞ったが、やはり盛り上げる重要な役であるアヤキがいないのでその後の宴席はあまり長く続かなかった。
 もう夜も遅く、次々に自分の部屋に帰って行くクルー達の中で数人ばかりがまだ食堂に残っていた。
「アヤキさん、本当に大丈夫なんでしょうか」
 心配そうに呟いたのは一人の少女。
 リスが鳴いたような可愛らしい声を持ち、その声にあった顔立ち。大きなパッチリとした眼に小さな口元、薄い栗色の髪をツインテールに括り、笑顔で微笑めば周りに花が咲くという彼女、リナはシルフでのオペレーター兼アヤキのバックアップを務めている。
 そして更に付け加えるならリナはアヤキファンクラブの名誉会員二番で、シルフでもアヤキの事を心から思う少女達の中で一、二を争っていた。
 そんなリナの隣に座っていたのがリナとはまた違う雰囲気を持った少女。
 リナは女の子らしい柔らかな雰囲気を纏っていたが、この少女レイカはどこか固く冷たい雰囲気を持っている。切れ長のつり上がった眼で、口元は固く引き結ばれ、長い黒髪を持つレイカは気の強い大人の女性といった風貌だ。
 しかし相反する外見を持ったリナとレイカはシルフでもアヤキやハヤト達と同じく、とても仲が良いコンビだと皆が知っている。
 それにレイカこそアヤキファンクラブの名誉会長であり、共にアヤキが大好きだという二人は同じものを好きな同士でそれこそ仲が良かった。
 アヤキを心配して悲しげな表情になるリナに、レイカも普段は怖いと言われるその表情を不安げに崩している。
「大丈夫だよ。きっと……アヤキさんだもの。すぐに元気になってまた私達の事呼んでくれる」
 リナもレイカもオペレーターという一番アヤキの傍にいる仕事であり、特に二人には重要なポジションが与えられていた。
 直接シルフを動かすアヤキのバックアップ、そしてそのプログラムのデバッグや情報解析など、他のオペレーター達には難しい仕事を二人はこなしている。
 アヤキと話す機会も多く、それだけアヤキを見る機会も多い二人は今回アヤキが倒れてしまった事に一番傷ついていた。
「どうして、わからなかったんだろう……アヤキさんの傍にずっといたはずなのに」
「リナ……私だってそうよ。アヤキさんの健康状態をずっと見てたのにわからなかったなんて、会長失格ね」
 深く溜息を付くレイカにリナは首を横に振る。
「レイちゃん、会長とかそういうのは関係ないよ。責任とかそういうんじゃなくて、アヤキさんの事、気付いてあげられなかったのが私は悔しい。アヤキさんは気付かせないようにしてたみたいだけど、それでも大好きな人の事を気付かなかった自分がすごく嫌。レイちゃんもそうなんでしょう? 気持ちに責任を押し付けちゃだめだよ、レイちゃんまで倒れたら私嫌だからね?」
 真っ直ぐにレイカを見つめるリナの瞳には更なる不安と心配が宿る。
 それを見つめたレイカは静かに微笑んで頷いた。
 そんな光景を見ていたハヤトとレンはふう、と息をついてそれぞれ目の前に置いてあるスナック菓子に手を伸ばす。
「アヤキはすごい人気だなぁ。そんなにアヤキってカッコイイか?」
 ポテトチップスをボリボリやりながらハヤトが言うと、レイカの顔がいつもの上から人を見下ろして萎縮させるような表情に戻る。
「何を言ってるんですか、そうでなければファンクラブなんてできないでしょう」
 冷たくその視線を向けるレイカだが、ハヤトは何ら気にする様子も無くチップスを齧り続け、首を傾げた。
 そんなハヤトの行動にいいですか、とレイカが口を開く。
「暑苦しい男が多い中、アヤキさんはまさに青く涼しい草原に立つ麗人。輝く黒髪に深い漆黒の瞳、すらりと伸びた手足はされど力強く、頭脳明晰、戦いにおいてもまさに汗一つ流さずに相手を打ち負かす。今の男には涼しさが無いんですよ、それに麗しさ。確かにアヤキさんは女性ですけど、それでも今の男の人に無いものをですね…………」
 舞台で演説をするように、レイカは表情を真面目なものから赤面など次々に変え、アヤキについての素晴らしさを語る。
「とりあえずそんなアヤキにシルフの女性陣は萌えを感じているわけだよ」
 と、レイカの話を遮って、説明する専門家のようにレンは言った。
 それが一番分かりやすかったのか、ハヤトはなるほど、と手を打って頷く。
「レイちゃんのこんな所が面白いって言ってアヤキさんはレイちゃんをクルーに選んだそうですよ。試験の時はオムライスについて熱く語って、それで受かったって」
 ニッコリと花の咲いた笑顔でリナが言い、レイカはまだアヤキについて語り足りなかった口を少し尖らせた。
「ちょっと、その話は内緒って言ったでしょ」
 頬を赤くしながら呟くレイカにリナがごめん、と手を合わせる。
「そう言えば、あの時リナがどうしてクルーに選ばれたのかを聞いてなかったわよね」
「ああ、うん。そうだね」
 うーん、と上目遣いに天井を見上げて、リナは当時の事を思い返す。
 中々興味深い話が聞けるかもしれない、と他の三人はジュースとスナック菓子を片手にリナの言葉を待った。
「私が来たのがシルフクルー選抜試験の一回目だったから、その時なんだけどね……」
 シルフが戦艦として出来上がった当時、アヤキ達はシルフを動かす為のクルーを募集した。
 インターネットなどの情報端末を使ってクルーを募集し、試験を行ってクルーを選抜したのだ。
 その一回目の選抜試験は大々的な宣伝をしなかったのにも関わらず五百名を越える応募者が殺到し、試験会場として秘密裏に借りた会場は応募者で満員になった。
 アヤキもこれには驚いていたが、試験は大した問題も無く順調に進められる。
 集まった人数の中には面白半分や何か違う目的があってクルーになろうとする輩がいるであろう事はアヤキも予想していた。
 その為に試験を用意したのだ。
 一つ目は筆記試験で、もう一つは面接試験。
 入学試験や入社試験と同じ内容だが、二つの試験のどちらも少し変わったものだった。
 まず筆記試験だが、問題用紙は全部で五枚。
 内二枚は有名大学進学者でも舌を巻くほどの超難解問題がずらりと並んでいる。
 数学や文学などのジャンルを問わず、ほとんどが記号じゃないかと思えるほどの文章を読まないと解けない問題ばかりで、シルフのクルーとして確定しているハヤトはさっぱりわからないし、読む気すら起きないものだった。
 そして残る三枚がアニメやゲームに関する問題ばかりで、こっちならハヤトは何とかわかるものが多かった。
 もちろんこの問題用紙を用意したのはアヤキだ。
 採点をするのもアヤキであり、その採点によって合格になるかどうかを決めるのもアヤキである。
 難解問題の用紙を全問正解しても、アニメやゲームの問題が一問も解けていなければ不合格だったし、その逆で難解問題が一問も出来ていなくてもアニメやゲームの問題が解けていれば合格になったりした。
 それ以外にも面白い回答をしていたりすればアヤキは合格にしたりする。
 結局はアヤキの気分によって合格者は決まり、その気分がほとんどアニメやゲームの方に傾いていたからシルフのクルーは何かとマニアックな人間ばかりになったのだ。
「私、筆記試験は全然ダメで……でもシャイランザーの問題とかあったからそれは書けたんだよ」
「ああ、私も。難解問題の方は少しだけ書いたけど、合ってるかどうかは全然わからなかったわ。でもそっちの方は結構書けた」
 もちろんリナとレイカも立派なシャイランザーマニアである。
「アヤキは一応あの難しい方の問題解けるヤツもクルーとしては欲しいらしい。あんまり見ないそうだけどな。確か会計班のキョウジは難解問題の正解率が高くて合格にしたんだってさ」
 レンから出てきた名前に皆は驚きつつも、ああ確かにという表情で頷く。
「真面目だもんなあいつ。眼鏡掛けてるし、いかにもあんな変な問題が解けそうだ」
 何度も頷くハヤトは口の中に鷲掴みにしたチップスを放り込み、ジュースでそれを流し込んだ。
「でも、私は筆記試験より面接試験で受かったみたいなんですよ」
 リナは話の続きを再開させ、再び三人はそちらへ視線を向けた。
「面と向かってアヤキさんに“合格!”って言われたから。間違いないと思います」
 面接と言っても、アヤキは普通に椅子に座り、それに対面する形に置かれた椅子に試験者を座らせて少し話をする。
 大体の時間が十五分から二十分ほどだが、リナの面接の時は少し違った。
「私、アヤキさんに聞かれてつい話し込んでしまって。気がついたらアヤキさんと一時間近く喋ってたんですよ」
「い、一時間も何話してたんだ?」
 当然ながらの質問もハヤトがして、リナは照れ臭そうに舌を出して笑う。
「シャイランザーのアルヴァントについてなんですけど、アヤキさんとすっごく気が合って。アルには誰が相応しいとか、こういうシュチュエーションが良いとか、そういう話を……」
「それで合格って言われたの?」
「うん」
「類は友を呼ぶ、というか、類は友を選ぶというか」
 レンの一言に全員が噴き出した。
 クスクスと暫くの間笑いが続いていたが、それがふと途切れてしまう。
「アヤキさん、早く良くなって欲しいです」
 大体どんな話をしていても、必ず行き着く先にアヤキという名前が出てくる。
 過労で倒れてしまったアヤキなんて初めて見たリナとレイカはまた不安げな顔に戻ってしまい、そんな二人にハヤトが大丈夫だと笑いかけた。
「アヤキは俺より強いヤツだ。ちょっと寝ればすぐに良くなって、またすぐに今度はここに行くぞーって騒ぎ始めるって! だから大丈夫だ。俺がホショウする」
「今何となくイントネーションが違ったような気がするがハヤト、保証って意味わかってるのか」
 首を傾げて苦笑いを浮かべるレンに自信満々の顔で腕を組んだハヤト。
「大丈夫って事だろ。俺は何度でもホショウするぞ、アヤキは大丈夫だ。まだ夢だって叶えてないんだからそれまで死んだりしない」
 一片の曇りも無いハヤトの笑顔にリナとレイカはお互いに頷いて笑顔を見せた。
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